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翌日の『|glissandoグリッサンド』は、少し騒がしかった。いわゆるナンバーワンを張る看板ホステスのミサトさんが、突然失踪したのだ。
「駆け落ちしたらしいよ、野島さんと」
次点人気のマナミから伝え聞いた情報に、唸り声を上げそうになった。昨晩……それもほんの十二時間ほど前に、彼らと地中海産のかたつむりを貪ったばかりではないか。
「昼間にミサトちゃんの旦那も現れて、一悶着あったって」
『他人の女房に間男を斡旋したのか、お前らは!』
オーナーママである響子とマネージャーの合澤を呼び出したヒモ夫は、ミサトが得た売上を当てに生活していたクズぶりを棚に上げてひとしきり暴れたらしい。
さらに、消えた二人よりも心配な人物が一人。
「あれ……今日は調子悪いね、奏君」
弾き慣れているはずのBGMナンバーで、ミスタッチを連発する雑用係兼ピアニストの高嶺奏。
隙あらば目で追い、頬を紅らめるほど好きだったミサトさんが突然消えたのだ。
━━高嶺君、がんばって。
明け方、一方的な『かたつむりの告白』を寄り添って聞いてくれた高嶺奏を遠巻きにしか応援できないもどかしさを感じながら。
━━私が支えよう、二号店で彼を。
きっかけは響子からの打診だった。けれど、今は誰よりも高嶺奏を【推す】想いは強く。
その先にある、悲しみや困難も知らぬままに。
『カノン』こと碓氷幸は突き進む。
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