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フードコートの対面には、イベントスペースが設置されていた。何もない日は特売ワゴンが置いてあるその場所に、今日はピアノがポツンと鎮座している。
よく磨かれたそれはアップライトとはいえ、立派な品であることが輝きで分かった。
【ご自由にお弾きください♪】
可愛らしいフォントとイラストが添えられた傍らの立て看板で、テナントとして入っている楽器店が試弾用に展示しているピアノだということも判明した。
「ママ、弾いていい?」
「いいわよ。一曲弾いたら、次の人に『どうぞ』してね」
習いたてなのか、つまづきながらも少女は『きらきら星』を最後まで丁寧に弾きこなす。周囲から暖かい拍手が沸いた。
その後、振りがついたように通りすがりの客たちが代わるがわるに演奏をしては立ち去り。その様子を眺めるギャラリーの中に、見知った顔が現れた。
「高嶺君!?」
人集りの中でリズムを取り、体を揺らす彼の名を思わず呼んでしまった。驚いた猫のように瞼を縦に広げ、高嶺奏はサチを見つけてつぶやく。
「カノン」
年配女性によるたどたどしい『エリーゼのために』の演奏に合わせ、手指を自身の両腿の上で踊らせながら。
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