episode 04 亡霊ピアノと魔女

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「弾かないの?」  遠巻きにピアノを眺める高嶺奏の傍らに立ち、そっと尋ねた。「弾かない」と声で答える代わりに、彼は静かに二度首を横に振る。サラサラと揺れる前髪の下に見える瞳は、「弾きたい」と訴えているように思えた。 「響子ママに怒られるから?」  頷きはしなかったけれど、プイと横に向けた真顔で図星だと確信した。  息子である高嶺奏のピアノ演奏メインの場として、新たな店を立ち上げようと目論んでいる響子のことだ。タダで聴かせるストリートピアノで、自分を安売りしないように━━と、きつく釘を刺しているであろうことが容易に推測できた。  雇い主であり実母でもあるオーナーママ『響子』という存在に囲われて、この先も高嶺奏は従順に生きていくのだろうか。  入れ替わりで自由に演奏を披露する買い物客を眺め続ける彼の両手指は、「演奏したい」と言わんばかりに(くう)で踊り続けている。 『金持ちの道楽』だとピアノを習わせてくれなかった私・碓氷幸の母と、ピアノを与えてくれたけれど手中から我が子を離そうとしない高嶺奏の母・響子。  果たして、どちらがより不自由だったのだろう。 ━━この場で彼が演奏したなら、誰よりも大きな拍手が貰えるのに。  抑えていた【推し】心が再び芽生え、弾けなくとも立ち去ろうとしない高嶺奏を見守るサチの目に、意外な人物の姿が飛びこんできた。
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