episode 04 亡霊ピアノと魔女

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「ない」  ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、高嶺奏は低い声でうろたえる。ポツリポツリと雨粒が落ち始めた路上で右手を上げ、流しのタクシーを探しながらサチは尋ねた。 「『ない』って、何が?」 「ピアノ……」 「ピアノ?」 「鍵」 「鍵……って、家の鍵?」  問答を繰り返して、ようやく理解できた。彼に乞われて譲った、ビーズ細工の小さなグランドピアノ。キーホルダーとして装着していたそのチャームごと、自宅の鍵を失くしてしまったのだと。 「あ、でも響子ママがいるんでしょ?」  ブンブンと、幼い迷子のように高嶺奏は首を大きく左右に振る。二号店の資金繰りの件で定休日も走り回っているのだと、マネージャー・合澤もこぼしていた。恐らく、そんな理由で留守がちなのだろう。  雨足はどんどん強くなる。「クシュン」と濡れ髪の高嶺奏が少女のように可愛らしいくしゃみを放ったところで、タイミング良くタクシーが一台停まった。 「とりあえず、乗って」  拒絶するかと思いきや。鼻をすすりながら、彼はコクリと素直に頷いた。  以前にも同じようなことが━━と既視感(デジャビュ)を感じるも、それがいつ何時の場面であったか容易に思い出せた。子どもの頃、雨ざらしの猫を見つけて「連れ帰りたい」と母にお願いしたベタな出来事があった。ピアノの時と同じく、速攻で却下されてしまったわけなのだが。  けれど今は、私の意思を妨げる存在は何もない。 「一緒に帰るよ、私の家に」  体を震わせる高嶺奏の肩をそっと抱き、タクシードライバーへ行先を告げた。
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