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「だから言ったろ。ウスイサチなら、楽勝で採用だって」
網焼きの煙にまみれながら、園生猛士が歯を剥いて笑う。炭になりかけた焼肉を大きな口へ放りこみ、さらに続けた。
「俺ね、昔から女を見る目はあるの。ウスイサチは、もっと自分に自信を持ちな」
「やめてよ、フルネームの連呼は」
━━碓氷幸。
それが、紛れもないサチの本名だ。漫画の不幸キャラのような名付けに「親は何を考えているのだ」と茶化されたことも、一度や二度ではない。
「なんでよ。パンチ効いてる名前じゃん、『ウスイサチ』」
親を庇うわけではないが、最初から『碓氷』姓だったわけではない。離婚に伴い、父と完全に縁を切りたがった母方の苗字を選択したが故の顛末なのだ。ちなみに父方の姓は『福多』だ。
━━福多幸。
どの道、自分の人生にそぐわない名前だったのだ。字面を思い浮かべるたびに、自嘲の笑みを浮かべてしまう。
「これで、晴れて同じ職場の同僚になるわけだ。まあ、秘密だけどな」
「秘密って、そんな大層な」
「けど、トラブルが起きたら言えよ。ウスイサチ……カノンは、俺が初めて推した女だからな」
「何それ……」
そもそもコンビニエンスストアの店員だったサチに「おねえさん可愛いね。同じ時間帯に働くなら、もっと割のいい仕事があるよ」とホステス業に誘ったのが、先にクラブ『glissando』で用心棒として働いていた園生猛士なのだ。
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