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「な……」
「ごめんな、しばらく放っておいて。寂しかったろ?」
暖簾に腕押し、となるだろうことは分かっていた。「何で?」「どうして?」という問いが、これまでもまともに彼に響いたことはない。
━━何を言ってるの? 帰ってよ!
拒絶の言葉が喉元まで出かけているのに、声にならない。ドアを閉めようとするも、すでに園生猛士の大きな足先は無遠慮な進入を果たしていた。
「俺も色々忙しくてさ。けど、安心しろ。これからは、ずっと一緒にいられるから。言ったろ。出会った頃から、俺はお前━━ウスイサチのことを推してるって」
以前と変わらない話の通じなさに、サチは軽い目眩と両肩が上下するほどの荒い呼吸に見舞われた。
【推し】という都合のいい言葉を選びながら、園生猛士は他人の気持ちなど推し量ろうともしない。
「なあ、一緒に暮らそうぜ。こんな狭いところ引き払ってさ……」
一方的な展望を語りながら部屋へ押し入りかけた刹那。玄関で蹴散らしたスニーカーが男物と分かるや、園生猛士から笑顔が消えた。
「誰?」
尋ねておいて、答える隙も与えず。土足のまま、押し入り強盗のように上がり框をまたぐ。
「男がいるんだろ。引っ込んでないで、出て来いや!」
「ちょっと、困る……」
ようやく声を絞り出せたサチの背後で、心配顔の高嶺奏が姿を現す。説明する間もなく、二人は至近距離で鉢合わせてしまった。
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