episode 01 君の源氏名は

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「そういえば、アイツのこと見た? 『高嶺(タカネ)(ソウ)』」  網の上の肉を掴みかけたトングを開いたまま、サチは一瞬思い出すふりをする。 「ピアニストの……」 「『雑用係』兼、ピアニストな」  自分の肩書きが『雑用係兼、用心棒』である園生猛士は、譲れないとばかりに被せ気味で訂正を加えた。 「気味悪いだろ、アイツ。一言も喋んねぇし」 「……」 「なんつったかな、カンモク……」 「場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)」  サチも負けじと、被せ気味で訂正した。 「それそれ。何で知ってんの、誰かに聞いた?」  誰から聞いたわけでもない。サチ自身が、幼少期に『場面緘黙症』疑いの診断をされたことがあるのだ。  物心ついたときから、両親は不仲だった。罵り合うか、無視し合うか。父と母が穏やかに会話を交わす場面を見た記憶は、ほとんど無い。不仲な二人は、毎日のように一人娘へ互いの悪口を吹き込んだ。 『お父さんには、言えない』 『お母さんには、言えない』 『家族のことは、人様に言えない』  言えない思いを溜めこんで、十代の頃は誰とも口をきくことが億劫だった。  負の郷愁(ノスタルジア)に浸るも、せっかちな園生猛士の興味は生焼けのカルビへと向かっている。かと思えば、思い出したように『高嶺奏』情報について一声添えた。 「オーナーママの息子だから、アイツ」 「そうなの」 「そ。だから雑用係として使えなくても、隅っこでピアノ弾いてりゃいいって。気楽でいいよな」
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