episode 01 君の源氏名は

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* 「先程は、すみませんでした」  就業後の更衣室(ロッカールーム)で、ミサトが私服に着替え終え帰りかけたタイミングを見計らい、サチは頭を下げた。 「え、何が?」 「野島さんの席で……」 「ああ、全然!」  ホステス時の衣装とは打って変わってラフなトレーナーにデニムパンツ姿のミサトは、声色までハキハキとした少年のように変化した。 「野島さんね。悪い人じゃないんだけど、顔色に出やすい人なの。単純だから、機嫌も取りやすいんだけどね」  朗らかに笑うミサトが勢いよく扉を開いた先で、偶然にも男子更衣室から現れた『雑用係兼ピアニスト』である高嶺奏と鉢合わせた形になった。 「奏君、今日もありがとう!」 「何が」 「『エナジーフロー』!」 「ああ……」 ━━あれ、喋ってる。  園生猛士から聞いた通り、就業中の申し送りはおろか「おはよう」も「お疲れ様」も発したことのない高嶺奏が……。 「お疲れ様でした!」と手を振り、小走りで立ち去るミサトの背中へ向けて「おつ」と小さくつぶやき。遙か異国へ旅立つ恋人を見送る男のように、名残惜しそうにその後ろ姿をいつまでも見届けていた。刈り上げ気味のもみあげ脇から覗く両耳を真っ赤に染めながら。  頭を下げて目の前を通りすぎる『カノン』の存在など、まるで眼中にない様子で。 『おいで、カノン』 ━━夢の中では、呼んでくれたのにね。  従業員通用口を早足で通りながら、心の内で不貞腐れてみた。  碓氷(ウスイ)(サチ)が勝手に見た夢など、彼が知る由もないのに。
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