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そして、麻理と隆文はこの満点のテストの本当の持ち主……小林智の家を探し歩いていた。
「私も小林君のことよく知らないの。頭のいい子だなってくらい」
と麻理が言う。隆文も智について考える。
思い浮かぶのは教室の一番後ろの自分の席から見た一番前の列の真ん中に座る小林の丸まった小さい背中だ。
「小林って影薄いんだよなぁ。顔もなんとなくしか思い出せないし」
「クラスメイトにそれはないよ」
と、麻理が眉をしかめる。
「クラスの誰か一人くらい小林のこと知ってる奴いんじゃね?」
と公園に行くと、同じクラスの男子たちがサッカーをして遊んでいた。
隆文に気づいた一人が手を振る。
「おー、隆文。一緒にやらないか」
「やるやる!」
仲間のお誘いにウキウキ走り出そうとした隆文の腕を麻理がつかまえる。
「小林君の家、知らないか聞いてきて」
「えー、もう面倒くさい……」
「だめ、聞いてきて」
と、麻理が怖い顔で隆文を見る。
「今取り戻さなかったら、小林君に次会えるのは夏休み明けだよ? 隆文はいいの? 休み中にその中途半端に名前だけ消したテスト用紙をおばさんに見られたらどう言い訳する気?」
と言われて、隆文は「わかったよ……」と渋々頷いた。
そして着いたのはトタンの平屋建て、車を置くスペースもない小さな家だった。
「嘘、まじ……? こんな家ってまだあるの?」
と、隆文はつぶやいた。
隆文の家は、父親の実家を三年前に建て替えたのでまだピカピカで台所も風呂場も広くて快適だ。対して小林の家は古いし狭い。この古さじゃゴキブリが出てきそうだ。
試しに玄関のブザーを押したけれど、誰も出てこない。
「すみませーん」
「小林くん?」
と家の外から呼びかけていると隣の同じような平家の家からお婆さんが出てきた。
「小林さんなら娘さんは仕事に出ていないよ。おじいちゃんは今入院してるから居ないよ」
「私たち小林君の同級生です。小林君はどこでしょうか」
「お孫さん? お孫さんはまず毎日そこの図書館に行っているね」
と言うとおばあさんは行ってしまった。
「小林君っておじいちゃんの家に住んでるんだね」
「さっきの人の話だとお父さんは居ないみたいだな」
「両親がいるのって当たり前だと思ってたから、小林君家がそうじゃないって知ってちょっとびっくりしちゃった」
と麻理が言い、
「そうだな」
と、隆文もうなずく。
麻理が隆文の顔を覗き込んだ。
「ショックだった?」
と聞かれて隆文はうなずき、
「うん。家ごとに事情は色々あるって、そりゃ頭ではわかってるけど」
と、口ごもった。
自分と智の境遇を比べて隆文は憂鬱になった。両親がいて経済的にも多分智より恵まれている。それなのに兄弟へのコンプレックスにいじけて遊んでばかりいる自分が急に恥ずかしく感じられた。頼れるのは母親だけなのにテストで百点を取るくらい勉強を頑張っている智……。今まで知ろうとも思わなかった同級生の現実を見てショックだった。
智の答案用紙をの名前だけ書き換えて、親から小遣いをもらおうと考えた自分が汚らしく思えてくる……。
そんな隆文の様子を麻理はじっと見ていた。そして、
「そういえば、さっきのお婆さん、小林君が図書館によく行くって話してたよね。もしかして彼、図書館にいるかもしれない。行ってみよう?」
と言う。
智の家から道路を挟んで向こうにある図書館に、二人は歩き出した。
図書館に来た隆文と麻理は、智を探して館内を歩き回ったが、彼を見つけられなかった。
「いつも来てるなら、図書館の人が知っているかもしれない。聞いてみよう?」
と麻理が言い、隆文は貸し出しカウンターの向こうに座る青いエプロンをつけたおじさんに聞いてみることにした。
「あの、小学生の子を探しているんですけど……」
と声をかけると、おじさんが二人を見た。
「え? 小柄な感じの小学生? うーん、小学生の子はたくさん来るからねぇ」
「ほとんど毎日来てるんです。俺より多分背が低くて痩せてる……分かりませんか」
しつこく食い下がるとおじさんは面倒くさそうな顔をした。
「本を借りるんでなければあっちへ行ってくれ」
と言われて隆文は頭に血が昇ってしまう。
「もう、いいよ。大人なんて全然当てにならないし」
とやけになって言うと、おじさんは明らかにムッとした。
隆文の後ろにほんの返却か貸出で並ぶ人の列がいつの間にかできている。
隆文は夢中になると周りが全く見えなくなる。保育園から一緒の麻理は隆文のそういうところをよく分かっていた。
麻理は慌てて、
「すみません、ありがとうございました。もういいです」
と頭を下げて隆文の手を引っ張って図書館を出る。
「よくないよ、ああいうの」
図書館を出ると麻里にそう言われて、隆文は唇を真一文字にした。
「だって本当のことじゃんか。平日でもよく来る小学生のことがわからないなんて、あのおじさんカウンターで昼寝してるんじゃないの?」
隆文はまだ興奮していた。かっとなると自分の言い分しか考えられなくなる。隆文がカッカするほど麻理は冷めていく。
「それは……でも、こっちは聞かせてもらっているのにあの態度は良くないよ。仕事中に声をかけたのはこっちなんだし」
「もう、付き合わなくていい。麻理は家に帰れ」
隆文は麻理に背中を向ける。
「隆文……」
麻理は隆文の後を追わなかった。
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