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変動
焼け付くような盛夏の陽射し。
陽炎がユラユラと立ち昇る、ひどく混沌とした世界から遮断された空間。
ふ頭の端っこにおいやられたその場所は、ただ心静かに何かに没頭したい私には丁度良い。
今日もモヒートゼリーをのせたコンベアが、規則正しくカタコト流れていく。
私はあの雨の日から、モヒートゼリーに浮かぶミントの葉が揺れると、黒く冴えた瞳を思い出してしまう。
胸の真ん中が、ジュッと焦げ付いてしまうくらいの危うい眼差し。
その度に、心の淵が甘く揺らぐのを覚えるようになった。
◇◇◇
金曜の夕方5時。
終業のサイレンが場内に鳴り響き、同色のタイベックスを来た従業員達が、合わせ鏡のように一斉に同じ態勢で手を止める。
「はい、お疲れさまでした! 体調をしっかり整えて、また月曜日お願いします!」
場内をエリアごとに仕切るマネージャーが見回りに来た。
私の後ろで立ち止まると、キョロキョロと辺りを見渡す。
「あれ? 凪原さん、岩田さん知らない?」
岩田さんは、あさちゃんの旧姓だ。
彼女は離婚を決めた途端、旦那さんの苗字を潔く捨てた。
でも、まだ調停中で離婚は成立していない。
そして肝心の彼女は今、とても検品作業などしていられない状況にあった。
昨日その調停で、旦那さんがあさちゃんにとって不利な申し出をしてきたらしい。
「岩田さんは更衣室で休んでます。ちょっと朝から気分がすぐれなかったみたいで」
「あーそうなんだ。体調わるいんなら、休んでくれた方が良いんだけどな」
「そうですよね。無理しないよう、彼女に伝えておきます」
「あー頼むね。じゃ、お疲れ様」
マネージャーに頭を下げると、私は一目散に出口に向かう。
クリーンルームを潜って、急いで更衣室のドアを開けると壁に寄りかかったまま、あさちゃんがぐしゃぐしゃに泣いていた。
「未希さぁぁぁん、私、どうしよぉ。しゅんが旦那に取られるかもぉ」
「あさちゃん、大丈夫。しのぶさんのところに行こう!」
「うぅっ未希さぁぁん」
谷原さんに会うのは、あの雨の日以来。
彼の顔をまともに見れる自信はなかった。
でもこのまま彼女を放ってはおけない。
それなら彼女をメレンダに置いたら、私は彼に傘を返してそのまま家に帰ればいい。
そう自分に言い聞かせて、何とか彼女を宥めると、急いで送迎バスに乗り込んだ。
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