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「いや、吸ってないけど。なんで?」 「ねえ、なんでさ、約束したじゃん。この部屋では吸わないでって」 「吸ってないし。なんだよ、っていうかさ、ベランダでなら別によくない? 部屋に匂いが付かないように気をつけるし」 「そういう問題じゃない。私は尚樹にやめてほしいって思ってるの」 「だから、それは無理だって。そんなの絶対に無理だよ」 「無理無理って、やろうとすらしてないじゃん」  藍華は段々と声が強くなっていく。怒りを滲ませているのを感じた。その態度に俺の感情も沸々と煮えたぎってくる。 「お前になにがわかるんだよ! 俺だって大変なんだよ! 金にならねー企画書書いてさ、それでも仕事に繋がるかもって無償で頑張ってさ、必死なんだよ! たばこの一本ぐらいなんだよ」  喧嘩はなるべくやめよう、そう決意して同棲したはずなのに。どうしてもこうなってしまう。   「ほんと、すぐそうやって仕事を持ち出すよね。仕事は関係ないじゃん。私だって仕事してるし、疲れてるけどちゃんと家事もして、その合間を使ってジムにも行ってさ、体も鍛えてるんだよ。私だって頑張ってるんだから」 「お前の頑張りなんてなんになんだよ。俺は将来に繋がるための努力。お前はなにに繋がるんだよ」 「はあ? なにそれ? 私が鍛えてるの無駄だって言うの? 尚樹のためでもあるじゃん。あなたがスタイル維持してほしいっていうから頑張ってるんでしょ」 「そんなもん、お前ちょっと食事制限したら簡単だろ」  俺は餃子をつまみながらそう反論した。 「……自分は食べるくせに。ほんと最低」  彼女は顔を歪ませて涙を流した。その場にしゃがみ込み、両手で顔を覆う。  女の涙はずるいと思う。その姿を見たらもうなにも言えない。俺は奥歯をぐっと噛んで感情を懸命に抑えた。  棚に置いてあるティッシュ箱が目に入り、立ち上がってそれを取ろうとしたとき、彼女は素早くその前に立ちはだかった。 「余計な優しさなんて見せないでよ」  自分でティッシュを何枚か抜いた藍華は目元を拭う。 「……もうさ、別れよう」  それは重い言葉だった。決して口にしてはいけない重い重い言葉。彼女の決意はそれほど強いものだったのだろうか。 「本気で言ってんのかよ」 「尚樹はどうしたいのよ」 「俺は……」  どうしてそこで嫌だとすぐに言えなかったのか。もしかしたら、俺にもそんな選択が頭の中にあったからなのか。
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