3

1/3

12人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

3

 暗闇の中、街灯に照らされる尚樹の姿が見えてきた。息が上がり、今にも倒れそうなほどキツそうだ。  私はベンチの前に立ち、彼を待ち続ける。もう少し、あと少し。  色々なことが頭の中を駆け巡ってくる。彼と付き合ったのもこの公園だった。誰もいないこの場所で、ベンチに座りながら缶コーヒーを飲んだ。尚樹は緊張していたそうだ。心臓が口から飛び出るぐらいに。その緊張感が伝わってきて、私も指先が震えたのを覚えている。  初めてキスをしたのもこの公園。たばこの匂いがして、決して甘くはない口づけだった。私たちにとって大切なこの場所。そこをゴールに選んだ。  ごめんね、尚樹。騙したみたいな感じになって。初めはこの番組に出場するのも悩んだ。あなたを傷付けるんじゃないかと思って。  でも、彼はいつも言っていた。 『仕事がほしい。どんな仕事でもいいから』  私にできることなら、私が必要ならば、どんなことでも協力してあげたい。だって私は知ってるから。あなたがどれだけ必死になって企画書を書いているのか。ネタを仕上げているのか。あなたは頑張ってる。本当に頑張ってる。そんな尚樹を私は尊敬しているから。 「……ハアハア……ぜぇぜえ……」  両膝に手をついて息を整える尚樹。声を出すことすらしんどそうだ。 「尚樹」 「……お前、どこまで、逃げる、んだよ」  私は叫んだ。深夜だとか、近所迷惑だとか、そんなことお構いなしで。 「尚樹ーー! ここまで来て! あと少し!」  ふらつきながら彼は私を目がけてやって来る。ありがとう。こんな彼女を最後まで追いかけてきてくれて。汗だくになりながらも、よろよろと歩いて来る彼の姿を見ていたら、もう涙が止まらなくなってきた。  段々と近づいてくる尚樹の表情はとても辛そうだった。びっしょりと掻いた汗とよだれと鼻水と。それが苦難を物語っていた。  足元はサンダル。走りにくいはずだ。それでも諦めず、私を追い続けて。  彼が目の前までやって来たとき、私は両手を広げた。泣きながら、何度もお礼を言いながら。  抱きしめた彼のシャツはベタベタで、汗の匂いが鼻を刺激した。それでも私は感動していた。彼の姿に涙が止まらなくて。 「……お前さ、どこまで逃げるんだって」 「ごめんね。ありがとう」 「おめでとうございまーす!」  公園脇に停めてあったロケバスからテレビクルーが飛び出してきた。強い光が辺りを照らし、大きなテレビカメラが私たちを映し出す。  マイクを握ったアナウンサー。朝の番組で何度も見たことのある有名な人だ。その隣には見知らぬ男性。  進行がわかっていながらも、なんだかドキドキしてしまう。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加