第3話 すれ違いの光と影(2)

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第3話 すれ違いの光と影(2)

 ルイフォンとリュイセンは、厨房からほど近い階段室にいた。  見取り図からすると、階段は二箇所にある。もと貴族(シャトーア)の別荘ということを考えても、建物の中央にある、吹き抜けの大きなものがメイン階段だろう。そして、小ぢんまりとしたこちらは、使用人たちが使うことを想定して作られたものに違いない。  こちらの階段は他の部屋とは隔離された空間になっており、侵入者たるふたりにとって都合のよい構造になっていた。しかも狭い階段室でなら、敵と遭遇した際には、多勢に無勢でも一対一で戦える。 「それにしても人の気配が薄いな」  リュイセンが、半眼で耳をそばだてた。意識を集中したときの彼は、壁一枚隔てた向こう側の人数を当てることができる。 「このまま三階に上がろう」  廊下に比べ、やや照明が落とされた階段室を見上げ、ルイフォンが言った。三階の一番奥の部屋に、メイシアとハオリュウの父親が囚えられている。  二階に上がると、リュイセンがルイフォンに止まるように合図した。上を指差し、次に指を五本出す。  ――三階の階段室を出た、すぐ先の廊下に、敵が五人いる。  潜入は既に知られており、目的も明らかである。ならば、階段よりは広い廊下で待つ、ということだろう。  ルイフォンは分かった、との意味で頷く。  ふたりは足音を殺して階段を登った。あと半階分で上がりきるというところまで来ると、ルイフォンも、おぼろげながら敵の気配を感じる。  おかしい、と彼は思った。  圧倒的な存在がない。この別荘には、タオロンと〈(ムスカ)〉がいるはずなのだ。あのふたりの気配が感じられない。  リュイセンも同じ疑問を抱いたようで、戸惑いの表情を見せた。目線がルイフォンの決断を求める。  ルイフォンは癖のある前髪を、くしゃりと掻き上げた。猫のような目を細めて階上を見上げ、不審な状況を睨みつける。  だが、逡巡は一瞬だった。前に進む以外に取る行動はない。  力強く頷き、リュイセンに意思を伝える。ルイフォンが、にやりと不敵な笑みを浮かべると、彼の兄貴分も同じ笑みで応えた。  ルイフォンは身を低くすると、するりとリュイセンの脇を抜けた。軽やかに階段を駆け上がり、そのまま一気に三階に登りきる。  しなやかな体は、立ち止まることなく、階段室から廊下に躍り出た。  壁に寄り掛かり、気を抜いた様子の五人の敵の姿が目に入った。  前触れもなく現れたルイフォンに、彼らは目を丸くしていた。だが、話に聞いていた鷹刀リュイセンではない。細身のルイフォンに対し、屈強な男たちだ。すぐに(あなど)りの表情を浮かべる。  ルイフォンは無言のままに、真上に腕を振り上げた。 「は……?」  男たちの口から、疑問が漏れた。  それに構わず、ルイフォンは肘を前に突き出し、そこから一気に前腕を打ち下ろす。  袖を抜ける、金属の感触。  それが指先に伝わり、飛び出す瞬間に、手首で微妙な角度を与えながら解き放つ――!  小さな煌めきが、彗星の尾の如き残像を残しながら、一直線に流れていった。  やや潰れたような菱形の、ごく小さな刃。暗器と呼ばれる類の投擲武器。  ルイフォンは、腕力の限界から長刀(ちょうとう)を扱いきれない。それを無理に鍛えるよりも、身の軽さを生かすことを、イーレオの護衛であり、一族の武術師範であるチャオラウは教え込んだ。  一般的な投げナイフよりも更に小型の刃は、命中したところで、たいした殺傷能力はない。だが、その尖端にはミンウェイ特製の毒が塗ってあった。  刀の間合いの遥か外から飛来した凶刃が、男のひとりの眉間を貫く。  痛みよりも驚きの悲鳴を上げながら、男は倒れ込んだ。木の床に、したたか後頭部を打ち付け、二、三度、痙攣したのちに白目をむいて意識を失う。 「なっ!?」  男たちは殺気立ち、すぐさま抜刀する。と、同時に、ルイフォンも第二撃を打っていた。  ――――!  甲高い金属音とともに、ルイフォンの刃は叩き落される。だが、そのときには、彼はひらりと身を翻し、階段室に舞い戻っていた。  残された四人の男は、あとを追う。  彼らが階段室にたどり着いたとき、階段の手すりを飛び越え、一気に二階に降りるルイフォンの背中が見えた。着地の衝撃音が振動を伴って聞こえ、更に階下へと降りる足音が響く。 「追え!」  男のひとりが叫んだ。  男たちが次々に階段を駆け下りる。彼らは、ルイフォンのように手すりを越えることはしない。あれは身が軽く、帯刀していないルイフォンだからこそ可能な技である。無理に真似して怪我でもしたら、馬鹿馬鹿しいこと、この上ない。  半階下まで降りた踊り場で、先頭の男が止まった。 「おいっ!?」  続いて降りてきていた男がぶつかり、ふたりがもつれるように階段から転げ落ちる。  慌てふためく怒声が、唐突に悲鳴に変わった。 「ひっ! た、鷹刀リュイセン……!」  癖のない黒髪を肩まで伸ばした、神の御業を疑う黄金比の美貌。噂に違わぬ美の化身が、素早く抜刀する。  耳を貫くような鋭い金属の響き――双刀が鞘走る音は、すぐさま男たちの絶叫に取って代わられた。  階上に残っていた男たちには、仲間が流星に打たれたかのように見えた。そして、次の瞬間には、階段を一足飛びに跳んできた星の輝きに、彼らもまた身を滅ぼされる。  まさに、一瞬。  流星が煌めいてから落ちるまでと、ほぼ同等の時間の出来ごとだった。  背後に控えていたルイフォンが、リュイセンに向かって親指を立てる。振り返ったリュイセンも、それを返した。  息の合った連携――天下無双のリュイセンなら、一対五くらいならば、たいした苦にもならない。けれど、できるだけ短時間、かつ確実に行動するために、ルイフォンが狭い階段室に敵を誘い込んだのだ。  ふたりは倒した敵を縛り上げ、脱出時に邪魔にならないよう、踊り場の端にどかした。  そして、相変わらずの人気のなさに疑念を抱きながら三階に上がり、ふたりは廊下の最奥にたどり着いた。――メイシアとハオリュウの父親の部屋の前に。  扉の向こうにある気配は、ひとつだけ。不可解な状況だが、進むしかない。  ルイフォンは緊張に震えながら、マスターキーを取り出した。  軽い解錠音。  彼がドアノブを回すと、ぎぃ……と、音を立てながら扉が開いた。
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