第3話 すれ違いの光と影(4)

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第3話 すれ違いの光と影(4)

 コウレンの頭の中では、貴族(シャトーア)の権力闘争が激しく繰り広げられているようだった。わっと叫んだかと思うと、両手で頭を押さえ込むようにしてうずくまり、耳と心を塞ぐ。  彼は、追い詰められていた。過度のストレスが精神を蝕んだのだろう。  荒事とは縁のなかった貴族(シャトーア)が、数日間も凶賊(ダリジィン)に監禁されたのだ。予測してしかるべきだった。同じ状況にあったハオリュウが、解放されてすぐに鷹刀一族の屋敷に乗り込んできたことのほうが異常だったのだ。 「……貴族(シャトーア)、だな」  いつの間にか隣に現れたリュイセンが、鼻に皺を寄せながら不快げに呟いた。  その言葉の中には、明らかな侮蔑が混じっていた。安穏な生活しか知らぬ、人は金で動かせるものと信じ込んでいる、判で押したかのような貴族(シャトーア)ということだろう。  ――ルイフォンはそう解釈した。それは決して間違いではなかった。しかし実は、可愛い弟分の誠意を踏みにじられたことこそが、リュイセンを苛立たせた一番の原因だった。  そうとも知らず、ルイフォンはリュイセンに掴みかかる。 「おい、メイシアの親父を侮辱する気か!?」  ルイフォンとて、貴族(シャトーア)に肩入れする気はない。だが、コウレンはメイシアの父親である。  彼女の話からすると、コウレンは穏やかで争いを好まず、貴族(シャトーア)の当主よりも庭師が似合うような男だ。なのに、愛息たるハオリュウのために斑目一族の元へ飛び込んでいった。結果、あっけなく囚えられてしまったわけであるが、そんな優しい父親なのだ。 「……別に貴族(シャトーア)すべてを否定しているわけじゃない」  殺気立つルイフォンに襟元を掴まれたまま、リュイセンは冷静に答えた。 「ハオリュウと――あの女のことは認めている」 「え……?」  貴族(シャトーア)嫌いのリュイセンとは思えない言葉に、ルイフォンの手の力が緩んだ。  その手を軽く押しのけ、リュイセンは自由を取り戻す。そして、ルイフォンが何かを言う前に「すまんな」と謝罪した。 「今は、俺たちで争っている場合じゃない」  そう言いながらリュイセンは、ルイフォンの体を強引にコウレンへと向けた。 「今、やるべきことは彼の説得だ。――だが難航するなら実力行使で行く。時間がない」  脱出時には、タオロンや〈(ムスカ)〉と交戦することになるだろう。そんなとき、遊び仲間の少年たちが引き受けてくれた下っ端が帰ってきたら、かなりの苦戦を強いられる。 「……俺こそ悪かった。――ありがとう」  ルイフォンは、肩越しに振り返ってリュイセンに礼を言うと、再びコウレンと対峙した。コウレンは少しだけ毛布を下ろし、訝しげな顔で、じっとこちらを見ていた。 「メイシアから伝言を預かっている。これを聞けば、あなたが俺を信用してくれると言っていた」  彼女が幼いころ、父コウレンが言った言葉だという。何故か顔を真っ赤にしながら、教えてくれた。 「『暁の光の中で、朝の挨拶を交わしたい人と出逢いました』」  ルイフォンは、メイシアの言った言葉をなぞる。中途半端な暗号のようだが、伝言はこれだけだった。  コウレンの目は、ぼんやりとしていた。その顔は記憶を探っているようにも、続きを求めているようにも見える。  すぐさまコウレンの反応が返ってくることを期待していたルイフォンは焦った。更に、背後からは、「おい……」と咎めるようなリュイセンの声も聞こえてくる。  どうしたものか、と途方に暮れかけたときだった。リュイセンが息を呑む気配が、鋭く耳朶を打った。  ルイフォンが「どうした?」と声を掛ける間もなく、彼はすぐさま照明を消した。いきなりの明るさの変化に、ルイフォンの目がついていかない。  目を凝らし、かろうじて見えたのは、ベッドに向かって走り出すリュイセンの背中。  ――次の瞬間、リュイセンは、有無も言わせずコウレンの首筋に手刀を落とし、気絶させた。 「な……っ!?」  ルイフォンは思わず声を上げた。だが、すぐに気づく。  階段を上がる足音。――敵が近づいてきていた。  位置的にいって中央にあるメイン階段だろう。ならば、ふたりが倒して縛り上げた、端の階段の凶賊(ダリジィン)たちには、まだ気づいていないはずだ。  ベッドの下に隠れて、やり過ごせるだろうか。――ルイフォンがそう思ったとき、リュイセンがコウレンのそばから舞い戻った。 「斑目タオロンだ」  ルイフォンは顔色を変えた。そして、じっと神経を研ぎ澄ます。  リュイセンの言う通りだった。先行する小さな気配がひとつあるが、その後ろにタオロンの持つ圧倒的な存在感が続いている。下っ端なら誤魔化せても、タオロンを隠れてやり過ごすことは不可能だろう。 「俺が奴を引き受けるから、お前はあの貴族(シャトーア)を守れ」  リュイセンの低い声が、ルイフォンの耳元で響いた。
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