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第3話 すれ違いの光と影(5)
タオロンの心臓は、激しく打ち鳴らされていた。
ベッドを抜け出したファンルゥを探そうと思った矢先に、本邸からの連絡があった。警察隊による一斉検挙。斑目一族の屋台骨を揺るがす、まさかの事態となった。
いくら斑目一族が武に長けていようとも、資金がなければ何もできない。『世の中は金次第』などと思いたくはないが、現実として、そういう側面は存在する。
これはチャンスなのだろうか――。
斑目一族が弱体化すれば、ファンルゥを連れて逃げ切ることができるかもしれない。
だが一方で、タオロンへの圧力が強まったのも感じていた。
「タオロン様」
前を行く部下がタオロンを振り返った。本邸から付いてきた監視役だ。ファンルゥを探しに厨房に向かっていたところを、彼に捕まった。
「いいですね。あなたが預かっているのは、貴族の厳月家とのパイプです。多くの資金源を潰された以上、厳月家とは懇意である必要があります。分かりますね?」
「……ああ、分かっている」
階段を上がるたびに、腰に佩いた大刀が重く揺れる。
一度に、あまりにも多くの出来ごとが起こりすぎていた。それは、単純明快を好むタオロンの処理能力を超えていた。
『あなたは、いつまで斑目一族に従うおつもりなんですか?』
〈蝿〉の声が脳裏に蘇る。
『私には到底理解できませんが、正義馬鹿のあなたには、この現状は耐え難いことでしょう。ひと役買っている私が言うのもなんですが、なかなかに非道ですね』
ひと役も何も、全部〈蝿〉の仕業だ。ただ、命令したのが斑目一族というだけだ。
『いい加減、斑目一族に見切りをつけて、私の元に来なさい。怪しむことはありませんよ。私は純粋に手駒が欲しいだけです。分かりやすいでしょう?』
〈蝿〉が、幽鬼のような顔で嗤う。
『私に協力してくださるのなら、私は斑目一族から全力であなたを守りますよ?』
タオロンは、〈蝿〉の幻影を掻き消すように、自分の髪を掻きむしった。
いつの間にか階段を上りきり、彼と部下は三階に来ていた。まっすぐの廊下。片側に続く窓硝子に、情けない顔をした男の顔が映っている。
もしも――。
もしも、途中でこの監視役の部下に出くわさずに厨房に行っていたのなら、タオロンは鷹刀のふたりと相まみえることなく、藤咲家の当主をそのまま逃がすことになったのかもしれない。
けれど現実は、もうすぐ彼らと鉢合わせる。
これは、こういう星の巡り合わせだったということなのか――。
タオロンは、廊下の行き止まりに着いた。すなわち、貴族の当主を監禁している部屋の前だ。
彼は、蔓薔薇の彫刻された扉をじっと見る。庭の蔓薔薇も見事であるし、この別荘の前の持ち主は、さぞこの花が好きだったのだろう。
だがタオロンには、奇っ怪に巻き付く蔓が、まるで自身に絡みついてくるしがらみに見え、鋭い棘からはおぞましさしか感じられなかった。
部屋の中の気配は、三つ。ほとんど気配を消しているリュイセンと、そういったことが苦手と思われるルイフォン。そして、軽い呼吸だけを感じる――どうやら昏倒させられたらしい貴族の当主。
あの当主の目を思い出し、彼は奥歯を噛む。
『タオロン』
ふっと、幻の声が、彼の鼓膜を震わせた。
『誰になんと罵られても、あなたはずっと馬鹿でいて』
懐かしい甘い声。
幻影を求めて、タオロンは思わず振り返る。だが、そこにいたのは、すぐに部屋に突入しない彼を、不審な様子で窺っている部下だけだった。
『あなたの馬鹿みたいに、まっすぐなところを私は好きになったの』
姿は見えなくても、タオロンには彼女の声が聞こえる。過去の思い出の中から、彼女は彼に語りかける……。
『あなたは正しいんだから、自分を信じて……』
ドアノブに掛けられた手に、ぐっと力が入った。太い腕の筋肉が盛り上がる。
タオロンの全身から、闘気が溢れ出していた。そのあまりの気迫に、背後の部下は気圧され、後ずさる。
――がちゃりと、扉が開かれた。
その瞬間、鷹刀リュイセンの双刀が、タオロンに襲いかかった。
だが、リュイセンが構えていることを承知で踏み込んだタオロンのほうが、わずかに対応が速い。大刀の一閃で、リュイセンの両の刀を薙ぎ払う――!
リュイセンとて、この一撃がタオロンに有効であるなどとは、微塵にも思っていない。そもそも、受け流されることを前提とした、挨拶としての軽い一撃である。焦ることなく、次の動きに移る。
しかしタオロンは、リュイセンに見向きもせずに疾り出した。
そのまま、ベッドへ――。
タオロンは、囚えている貴族の当主に向かって、まっすぐに大刀を振り下ろした。
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