第3話 すれ違いの光と影(6)

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第3話 すれ違いの光と影(6)

 暗闇の中で、ルイフォンは息を潜めていた。  先ほど、タオロンの気配を察知したリュイセンが照明を落とし、メイシアの父、コウレンを気絶させた。乱暴なやり方ではあるが、コウレンの混乱ぶりと、これからの修羅場を鑑みれば、解せないものを感じつつも正しい判断と認めざるを得なかった。  ルイフォンはリュイセンの指示通り、コウレンを守るべくベッドの前で仁王立ちになっていた。そこから、扉の外へと意識を飛ばしている。  敵の気配は、ふたつ――タオロンと、部下らしき凶賊(ダリジィン)。  リュイセンなら、同時にふたりの相手をすることも可能だろう。だが、一方がタオロンなら、部下のほうはルイフォンが引き受けたほうがよいかもしれない。  そんなことを考えながら、ルイフォンはタオロンの突入をじっと待っていた。  ――不意に、物凄い闘気が膨れ上がるのを感じた。  間髪おかず、扉が開く。  廊下からの逆光に、タオロンの巨躯が浮かび上がった。  刹那、リュイセンとタオロンが斬り結んだ。重く、それでいて鋭い、金属の不協和音がルイフォンの肌を震わせる。  予想通りの展開――しかし、次の瞬間、ルイフォンは我が目を疑った。  タオロンが、コウレンのベッドに向かって一直線に(はし)っていた。  暗がりでもはっきりと分かる、鬼の形相。リュイセンをまるで無視し、無防備といえるほどに背中はがら空きだった。  彼の大刀が狙う先は、貴族(シャトーア)の当主、コウレン――。  侵入者たるリュイセンよりも、コウレンを優先する理由は分からない。だが、ルイフォンは直感的に守るべき相手の危機を悟った。  掲げられた幅広の刃が、廊下の照明をぎらりと反射させ、無音の雷鳴を轟かせる。  嵐の如き暴風を纏った大刀が、ひと息に振り下ろされた。  ――その直前で、ルイフォンはベッドに飛び乗り、コウレンもろともベッドの反対側に体を落とした。  間一髪……。  タオロンの凶刃はルイフォンのシャツの端を刻むにとどまり、代わりに犠牲となったベッドがマットの中身を撒き散らす。  武に自信のないルイフォンならではの、防御の動き。もし、武器でもってタオロンを迎え討とうとしたのなら、ルイフォンはコウレン共々、大刀の一刀で斬り裂かれていただろう。  ルイフォンは素早く起き上がり、今落ちてきたベッドに再び飛び乗った。思い切りマットを蹴りつけ、スプリングのばねの力で高く飛び上がる。  巨体のタオロンよりも、遥かに上の目線。タオロンの太い眉を見下ろしながら、ルイフォンは袖に隠し持った菱形の暗器を打ち出す――!  タオロンは……ルイフォンの刃を、愛刀で弾くことはしなかった。  彼は横に飛び退き、そのまま体を半回転させて大刀を振るう。そこに、煌めく(ふた)つの刃があった。  リュイセンである。――背後の憂いを取り除くため、リュイセンは、まずタオロンの部下を蹴り倒してから走った。そのため、わずかに出遅れたのだ。  すなわち、ルイフォンの派手な動きは、陽動。  回転の勢いを得た大刀が、双刀の片割れと激しく火花を散らす。  薙ぎ払うというよりも、叩き落とすようなタオロンの猛攻。重い衝撃に、リュイセンは肘まで痺れを感じた。押し返されるような威力に、神速が鈍る。続くもうひとつの双刀がタオロンの脇腹を捕らえようとしたが、あと少しのところで取り逃がした。 「化物か……」  タオロンは、貧民街で利き腕を負傷している。  平気なふりをしていたが、あれはかなりの深手だった。動きからして、傷口はふさがっているようだが、漏れ聞こえる呼吸の乱れから、痛みを隠しているのが分かる。  もとより手加減などするつもりのないリュイセンだったが、やはり心の何処かで奢りがあったらしい。  手負いの獣も全力で――。リュイセンは、かっと目を見開き、タオロンと対峙した。  動いたのは、両者同時だった。  タオロンの大刀が、リュイセンを一刀両断にせんばかりの猛撃を叩き込む。対して、リュイセンの双刀も、凛とした鋭い一閃を打ち込む。  高く、玲瓏(れいろう)とした金属の調べが響き渡った。  細く優美な双刀が、悲鳴を上げる。がっしりと噛み付いて来るかのような、大刀の重厚な一太刀が、腕が千切れそうなほどの衝撃をもたらす。  リュイセンは全身の筋力を使い、辛うじて半身をずらした。地表に向かう流星の如く愛刀を下に滑らせ、タオロンの豪刀を受け流す。  初めからリュイセンは、タオロンに力で挑む気はなかった。 「……!」  勢いに乗ったままのタオロンが、誘い込まれるように体勢を崩す。  その瞬間が、リュイセンの狙いだった。待ち構えていた双刀の片割れが、神速の一刀を披露する。 「ぐ……っ」  タオロンが鈍い声を上げた。血臭が、辺りに漂う。  よろめきながらも、彼の足は膝をつくことを堅く拒み、倒れることを良しとしなかった。引きずるように体を移動させ、壁に背を預ける。  リュイセンは、唖然としていた。  確実に捕らえたはずだった。致命傷とまではいわないまでも、身動きできないほどの傷を負わせたはずだった。  しかし、手の中の感触は想定よりも軽く、タオロンの闘気は未だ失せることはない。  瞬きすらも許されないような、わずかの時間の切れ目の中で、タオロンはリュイセンの渾身の一刀から直撃を避けたのだ。  もし、奴が負傷していなかったら、こちらがやられていたかもしれない。――リュイセンの背を冷たい汗が流れる。それでいて、顔は上気していた。戦闘では久しくなかった経験だ。 「勝負あったろ? 俺はこれ以上、お前を攻撃しない」  リュイセンは内心を隠し、努めて冷徹な声で言った。彼は、その言葉を証明するかのように、(ふた)つに分かたれた双刀を、廊下から差し込む光に反射させながら、ひとつに合わせて鞘に収める。  ちん……と、澄んだ鍔鳴りの音が響いた。 「何故、刀を収める?」  タオロンが、驚きの声で問いかけた。 「俺は無駄なことをするのが大嫌いだ。面倒臭い。……それに、お前が斑目にいるのは本意じゃないって、知っちまったからな」  どことなく罰が悪そうに、リュイセンは答えた。ルイフォンがリュイセンに示した大量の情報。その中には、タオロンの事情も含まれていた。
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