第1話 天上の星と地上の星(3)

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第1話 天上の星と地上の星(3)

「おい、こいつらの上着、脱がすんだっけ?」  斑目一族の凶賊(ダリジィン)たちを返り討ちにし、縛り上げている途中で、少年のひとりがルイフォンに向かって尋ねた。 「ああ、気休めみたいのものだが、それを着て潜入する」  警備員のように制服であればよかったのだが、欲を言っても仕方ない。  ルイフォンは、放り投げられた上着を受け取り、袖を通した。後ろに編んだ髪は上着の中に仕舞い、金の鈴を隠しておく。  この鈴は、見た目は鈴だが音は鳴らない。もともと、母が肌身離さず身につけていたチョーカーの飾りだからだ。だが、夜闇では光を反射して無駄に目立ってしまう。それは避けるべきだった。 「さて――」  同じく借り物の上着を羽織ったリュイセンと目配せをし、ルイフォンは捕らえた男たちの中で唯一、意識のある吊り目男を見下ろした。両手両足を縛られ、完全に身動きできない状態で草原に転がされている。彼は警戒もあらわに、ふたりを見上げていた。 「質問だ。あの別荘には何人いる?」 「質問には答える。答えるが、答えたら、俺は解放されるのか?」  吊り目男の口元が、卑屈に歪んでいた。その目線の先には、リュイセンの双刀があった。 「ごちゃごちゃ言うなら何も言わなくていい。他の奴を呼ぶ。お前は用済みだ」  まるで悪役みたいだな、と内心で苦笑しながら、ルイフォンは片膝を付いて、吊り目男の目前で携帯端末をちらつかせた。――ルイフォンのものではなく、上着に入っていた吊り目男のものである。 「え……?」  吊り目男が声を漏らす。自分の端末なのに、見たことのない画面だった。ルイフォンが得意気に指を滑らせると、パスワードが表示され、ロック解除される。 「別荘の電話番号くらい登録してあるよな」  目を丸くする男にそう言いながら、ルイフォンが勝手に操作していく。 「ま、待て! だいたい三十人だ」 「そのうち、夜の見回りの人数は?」 「十人ほどだ」  ルイフォンは「ふむ」と相槌を打った。別荘の監視カメラは既に彼の手に落ちており、その画像から確認できる見回りの数と一致している。この男、どうやら嘘は言っていない。  問題は待機している人数だ。凶賊(ダリジィン)たちが起居する部屋には監視カメラが設置されていなかったため、全体数が把握できなかったのだ。  リュイセンが眉を寄せた。 「想定よりも多いな」 「ああ」  ルイフォンも頷く。熟睡していればよいのだが、物音で目覚めたりすると厄介だった。  監視カメラなら、録画した映像を繰り返し再生するよう、細工済みである。だが、人間の目は誤魔化せない。リュイセンがいる以上、簡単にやられることはないが、できるだけ敵に遭遇せずに秘密裏にことを済ませるほうが望ましい。 「俺が減らしてやろうか?」  不意に、脳天気にも聞こえる、キンキンと甲高い声が響いた。そちらを見やれば、キンタンが得意気に笑っている。 「その携帯で、吊り目に仲間を呼ばせろよ。『仲間がやられた。助けてくれ』って。そしたら、俺らが鬼ごっこで遊んでやる」 「え……?」  思いがけぬ申し出に、ルイフォンは一瞬、耳を疑った。呆けた表情になった彼を無視して、キンタンが「お前ら、いいよな?」と、後ろの少年たちを振り返る。 「当然じゃん!」 「任せろや」  歓呼と喝采に混じり、「自分だけ、かっこつけんじゃねーよ!」と、キンタンに向かって野次が飛ぶ。  ルイフォンが慌てて、キンタンの肩を掴んだ。 「お、おい、待てよ。相手は凶賊(ダリジィン)だぜ!? そんなの頼めねぇよ!」 「なんでだよ?」 「確かに、お前の案は魅力的だ。けど俺は、お前たちを危険な目に遭わせないと誓った。その条件で協力を頼んだ。だから駄目だ」  その辺のチンピラ程度なら軽くあしらえるルイフォンでも、刀を持った相手に正面から挑みたくはない。負けが見えているからだ。  凶賊(ダリジィン)と一般人は、まったく別次元の存在なのだ。  だからこそ、ルイフォンとリュイセンは、キンタンたち普通の少年に紛れ、目立たぬようにここまで来た。そして情報を得るために、うるさく騒ぐ悪餓鬼の集団を装って、別荘にいる斑目一族の下っ端を油断させて誘い出したのだ。  ――キンタンたちには、ここまで付き合ってもらっただけで充分だった。 「はぁ? 何、言ってんだよ? 俺らは、遊びに来たんだぜ? まだまだ騒ぎたんねぇよ。なぁ?」  キンタンの耳に響く声が、わめき立て、少年たちが「おうよ!」と呼応する。 「だが……」と、言いかけたルイフォンをキンタンは遮った。 「俺も男だ。……それ以上の言葉は要らねぇだろ?」  キンタンは、ルイフォンの肩を抱きながら耳元で囁く。 「それとも、俺らが信用できねぇ、ってか……?」  高い声質なので、ちっとも迫力がないが、さり気なく首を絞めてくる腕の力は、痩せぎすのくせにたいしたものだった。情報屋である彼の父、トンツァイも、見た目に反して怪力だったことをルイフォンは思い出す。 「――分かった。任せた!」  ルイフォンはキンタンの腕を振りほどき、力いっぱい彼の背中を叩いた。 「任せろ!」  キンタンは、ぐっと親指を立てた。  ひとしきり盛り上がると、今度は吊り目男に皆の目が集まった。無言の圧力が彼に()し掛かる。 「……分かった。電話を掛けろ」  両手を縛られている吊り目男は、首だけ上に曲げてルイフォンを睨みつけた。ルイフォンは携帯端末を操作し、「中の連中を上手くおびき出せよ」と、持ち主の口元に近づける。  ――数コールで繋がった……と同時に、吊り目男が大きく息を吸い、いきなり叫んだ。 「た、大変だ! 鷹刀リュイセンが出た! 応援……! うわっ……」  そこまで言うと、吊り目男は自分の頬で画面をタップして電話を切る。 「なっ……!?」  絶句するルイフォンの目線の先で、吊り目男がへらへらと嗤っている。  謀られた――! 「何故、リュイセンがいることをバラした!?」  別荘が警戒態勢に入ってしまう。隣の敷地にいるのは、普通の少年たちだと思わせておく必要があったのに――。  ルイフォンの瞳が、剣呑に光る。
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