第1話 天上の星と地上の星(4)

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第1話 天上の星と地上の星(4)

「そう怒るなよ。これは、ウィン・ウィンの作戦だ」  吊り目男が狡猾な狐のような顔を向け、ルイフォンを始めとした殺気立つ少年たちをなだめる。 「ただの餓鬼の集団に割ける人数なんざ、せいぜい三人だ。『仲間がやられた』なんて連絡したところで馬鹿にされるだけだ」  そこで吊り目男は声を一段下げ、薄く嗤う。 「けど、『鷹刀リュイセン』が現れたとなれば、話は変わってくる。――相当数がやってくるぜ?」 「……確かに、それで、お前は応援を頼んでも面目を保てるし、大人数を呼び出したいという俺たちの希望も叶えてはいる」  ルイフォンは、すっと目を細めた。彼の周りの空気が、鋭く尖る。 「――だが、これで俺たちの目的地の警備が厳しくなったはずだ」 「貴族(シャトーア)の親父の部屋、か」  吊り目男が、くく、と馬鹿にしたように喉を鳴らす。 「何が可笑しい……!?」  ルイフォンの隣で、リュイセンの形の良い眉が跳ね上がった。涼やかな目元が怒りをたたえ、刀の柄に手が掛かる。 「待てよ。いい情報をやる」  リュイセンが抜刀するよりも速く、吊り目男は声を割り込ませた。そして、勿体つけるように、ゆっくりとリュイセンに向かって言う。 「今、あの別荘のボスは、あんたに負けた『タオロン様』だ」 「……」  ルイフォンとリュイセンは顔を見合わせた。  監視カメラを支配下においたときに、彼らは別荘にタオロンと〈(ムスカ)〉がいることを知っている。だから、これは新しい情報ではなかった。  驚いたのは、吊り目男が『密告』とも言える内容を話したことだ。 「何故、その情報を漏らす?」  探るように、ルイフォンの目が、吊り目男の顔を舐める。 「俺は、あの正義漢ぶった坊っちゃんが嫌いだ」  部下であるはずの吊り目男は、きっぱりと言い切り「あの別荘には、そういう奴が多い」と、続ける。 「こいつは、そうは見えなかったぞ?」  リュイセンが、自分が一撃で倒した大男を身振りで示した。その男は間違いなく忠臣だった。 「そのデカブツは、数少ない坊っちゃんの『信者』だ。普通の奴は違う」 「つまり、何が言いたい?」  苛立ちを含んだ声でリュイセンが詰問する。 「別荘には、あの坊っちゃんのために命がけで戦おうとする阿呆はいない、ってことだ。お前たちが強気に出れば、あっさりと白旗を掲げるだろう」 「なるほど。連携は取れていない、と。――タオロンも苦労しているな」  ルイフォンが同情する。  だが、敵の心配をしている場合ではなかった。別荘からの応援の凶賊(ダリジィン)が来る前に、行動しないといけない。ルイフォンは、やや口調を早めた。 「あの別荘に、〈(ムスカ)〉と呼ばれる男がいるのを、お前は知っているか?」  敵対したとき、怖いのはタオロンよりも、むしろ〈(ムスカ)〉のほうだ。あの不気味な幽鬼の真意は計り知れない。  ――そして奴は、ミンウェイの死んだはずの父親なのだ。 「知っている。〈七つの大罪〉だろ? 他に〈(サーペンス)〉って呼ばれている女がいる。俺たちには『ホンシュア』って名乗っていたが、まぁ、名前なんてどうでもいいよな。不気味な奴らだ」 「ふむ……」 『ホンシュア』といえば、メイシアに鷹刀一族の屋敷に行くよう唆した、偽の仕立て屋の名前だ。ここでホンシュアが出てくるのは予想外であったが、よく考えれば〈(ムスカ)〉と共に行動していても不思議ではなかった。 「〈(ムスカ)〉について、何か知っていることは?」 「ほとんどねぇ。何しろ、奴らがいる地下には近づくな、と言われている」  人質が囚われているのは最上階、三階である。それは情報屋トンツァイの情報と、ルイフォンが支配下においたカメラの情報とで一致している。 「地下に警戒しつつ、あくまでも上を目指すだけ、だな」  ルイフォンは癖のある前髪を掻き上げ、別荘の方角に向かって好戦的な眼差しを向けた。  深い森を挟んだ向こう側は、ぼんやりと明るく見えた。別荘の明かりが漏れ出ているのだろう。紺碧の空の端にある星の輝きも、薄く擦り切れて見える。 「それじゃ、ともかく、作戦開始だ!」 「おい、俺は役に立ったろ?」  吊り目男が、どこか自慢げに言った。確かに、彼はぺらぺらとよく喋った。それでいて別荘にはちゃっかりと『鷹刀リュイセンが出た』との情報を送っており、身の安全を保証している。 「ああ、そうだな」  そう言って、ルイフォンは吊り目男の腹を、思い切り蹴りつけた。  縄をほどいてくれるとでも期待していたのだろうか。「え?」と目を点にしたまま、男は気絶する。  これで彼は疑われることなく、これからやってくる仲間の凶賊(ダリジィン)に介抱されるだろう。いけ好かない奴だったが、充分に役立ってくれた礼である。 「気をつけろよ!」  キンタンの高い声が、星空に響いた。  少年たちは凶賊(ダリジィン)たちとの鬼ごっこに備え、爆竹をポケットにしまい込み、オートバイにまたがる。付かず離れずの距離でからかいながら、夜のキャンプ場をツーリングと洒落込むのだ。 「適当なところで振り切って、お前たちは帰ってくれよ」 「ああ。俺らが人質にでもなったら馬鹿みたいだからな」  打てば響く返事が頼もしい。 「頼んだぞ!」  草原を渡る風がルイフォンのテノールを舞い上げ、星影の隙間に溶かしていく。  こうしてルイフォンとリュイセンは、キンタンたちと別れた。  ふたりは、こちらに向かってくる凶賊(ダリジィン)の援軍とかち合わないよう、遠回りの小道を使い、斑目一族への別荘へと闇夜の森を抜けていった……。
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