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 眩いほどの照明、独特な空気の匂い、目の前に置かれたとても小さくて広大な世界。  初めて私”演劇“に触れたのは、まだ綺麗なモノしか知らない頃だった。  劇作家をしている父に連れられて、名前も聞いたことの無い小さな小さな劇場に足を踏み入れたあの日。  父の後ろに続き地下へと続く狭い階段を降り、小さなテーブルと簡易的な金庫が置かれただけの”受付“で挨拶を交わし、そのまま横にある扉をくぐった。  扉の右側には階段の一段程もないステージがあり、左側には少しずつ間が空きながらステージに向かい合うようにパイプ椅子が並べられていた。  真冬だというのに湿気が籠っているのか、生ぬるいような独特な匂いの風を感じながら、座席の中でも後ろの方にある【関係者】と書かれたA4の紙を退かしてもらいそこに腰を掛ける。  後ろの方とは言っても、パイプ椅子が縦に6列ほど。  黒い壁に黒い床。 白い立方体の箱がいくつか置いてあるだけの簡素なステージまでは目と鼻の距離しかないように感じた。  開演の5分前、若い男が出てきて開演前の注意事項を少しコメディチックに客席へ促し、少しばかりの笑いが客席に響いた。  客席はおよそ8割程埋まっているだろうか、それでもぱっと見30人程しか居ない。  そんな中でも関係者が多いのか挨拶を交わす声や、近況を報告する声、談笑もそこらから小さくも大きくも無い声量で聞こえてくる。 「……」  まるで他人の秘密基地に潜り込んでしまった様なおかしな気持ちになり、横に座る父の顔を横目で見た時、客席に流れていたBGMがゆっくり大きくなった。 「始まるよ」 そう小さく呟いた父の声は、少し緊張を含んでいた気がした。 ──暗転。
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