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「ソラちゃん」
目を開けると、額に汗を浮かべた男が私の顔を覗き込んでいた。
夢を、見ていた様だ。
あれはまだ、私がこの世界はキレイなモノで溢れていると思っていた頃の夢。
「ごめんなさい。 ……気持ち良過ぎて」
少し微笑み、恥ずかしさを装い男の顔から逃れる様に起き上がった。
男の名前は思い出せないが、問題は無い。
どうせこの人も今日だけの関係だ。
「ビックリしたよ。 急に何も言わなくなるんだから」
男の手が、私の頭に伸びる。
女は頭を撫でられると安心するだなんて、一体誰がこの世界に広めたのだろう。 そして誰が最初に鵜呑みにしてしまったのだろう。
「……お風呂、入っても良いですか?」
気持ちが悪いとまでは言わないが、あまり良い気持ちもしない。
自分が望んでしている事なのに、早く身体を洗いたかった。
私が買ってほしいと望んで買っただけの目の前の男には何の非も無いのに、何故か悪者の様に思ってしまう。
私の一言で湯船に湯を張り、その間に飲み物を渡してくれ、不安の無いようにと電源を落として鞄の底に入れたスマホの確認がしたいとわざわざトイレまで行くこの男は、決して悪い人間ではないのに。
「ソラちゃん、このまま泊っていく?」
再びスマホを鞄の底にしまった男は、私にそう尋ねた。
「もし大丈夫なら」
独身であったり、あまりにも変わった人なら出て行く所だが、この男の左手の薬指にはシンプルな指輪が光っている。
おそらく一緒に朝まで居る事は無いだろうと考え、私は首を縦に振った。
「じゃあ俺はシャワー浴びたら帰るからさ、ゆっくり休んで行って」
男はそう言いながら茶封筒を私に差し出した。
裸のままお札を渡されるのが大半だが、わざわざ封筒に入れる丁寧さを見るに、やっぱりこの男は悪い人では無い。
「ちゃんと確認してね」
男はそう言い残し、風呂場に消えた。
茶封筒の封を開け、中からお札を取り出す。
「……多い」
指定した額より多いお札がそこには入っていた。
少し悩んだが、多い分を茶封筒に戻し男性の鞄にそっとバレない様に戻した。
決して私がお金に困ってない訳でも、真面目な訳でも無い。 普段なら何も言わずに貰ってしまう所だが、なんだか今日は気分じゃなかった。 それだけだ。
敷いたまま行為を行った掛け布団を床に落とし、私は再びベッドに寝転んだ。
微かに聞こえる水音を聞きながら、天井に描かれた少しひび割れた星空を眺め、
「……バカみたい」
やがて、瞼を落とした。
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