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12月に入ってから、急に冷え込んだ気がする。
先月までは薄手のパーカーでも出歩けてた気がするが、今では厚手のパーカーにコートを羽織っても少し寒いくらいだ。
あと一週間ちょっとでクリスマス。 それが過ぎれば今年もまた終わってしまう。
そこまで考えると、ある重大な──いや、そうでもないかもしれないが、とにかく気が付いてしまった。
「……はああああ」
人通りの無い住宅街に、白い息と共にわざとらしい溜息を吐き出す。
感傷に浸りたい訳ではないが嫌でも考えてしまう。
「俺……明日で28じゃん」
世間で28歳と言えば就職しているのはもちろんの事、結婚だってしているだろうし、子供がいる人も多いだろう。 現に数日前久々に開いていしまったフェイスブックでは地元の友人が何人も子供の写真を上げていた。
方や俺は、全く日の目を浴びない劇団をやり続けて10年弱。
嫁はおろか彼女さえ作っていられない。
就職どころか演劇の事で頭がいっぱいになり、アルバイトでさえ長く続けられない。
ふと、役者を志さなかったら……そう考える時もあるが、それはそれで何も浮かばない。
世間の当たり前の幸せを幸せだと感じられない気がしてしまう。
「……でも、このままでいいのか?」
足を止め、なんとなしに空を見上げる。
明日は雨だろうか。 どんよりとした雲に覆われた空は、星どころか月も見えない。
「なんもうまくいかねぇな」
独りごとばかりで傍から見ればとんだ不審者だろう。
酒が入ってるせいか、どうにも下手な考え事ばかりしてしまう。
足取りも心なしか重くなってきた時、視界に小さな公園が目に入った。
少し休んで頭でも落ち着けようと、財布の中に残っていたなけなしの100円で缶コーヒーを買い、公園の入り口を守る黄色い柵をすり抜ける。
敷地内に足を踏み入れると当たり前だが人の気配は無く、昼間は近所の子供たちで取り合いになるだろうブランコと小さな滑り台はなんだか寂れて見えた。
「……さむ」
購入したばかりの缶コーヒーで暖を取りながら隅にある二人掛けの木製のベンチに腰を下ろす。
ギシ……ミシ……と今にも壊れてしまいそうな音が響く。
缶コーヒーのプルタブに指を掛けそのまま開けて中の液体を口に含むと苦いような、甘ったるいような、いつもの味を感じた。
少しだけ落ち着いた気がしてポケットに手を伸ばし煙草を取り出し一本咥える。
そして一緒に入っているライターを……
「……忘れた」
最悪だ。
どうやら居酒屋に忘れて来たらしい。
長時間煙草が吸えないからって、それが解っていればイラつく事はない。
煙草を吸えるはずの環境で、煙草を吸う気で咥えて、火だけが足りない。 こういう時が一番ストレスの蓄積を感じてしまう。
「なんもうまくいかねええええ……」
煙草を咥えたまま、音になったかならないかの絞った声を上げながら背もたれにズルズルと寄りかかり空を見上げたその時、
「はい」
目の前で、急に小さな火の玉が浮かんだ。
「わああああ!」
間抜けな声を上げて立ち上がると、
「危なっ」
火の玉は消え、目の前に人影があるのに気付いた。
口に咥えた煙草は、どこかへ飛んで行ってしまったようだ。
「え、な……え?」
頭がうまく回らず、なおも間の抜けた声を出し続けると、
「ライターあげるから、煙草一本頂戴」
少女とも女性とも取れる声が聞こえ、再び火の玉──ライターの火が灯った。
「……誰、ですか」
肩まで付くか付かないかで切り揃えられたストレートの髪。 本人には少し大きいのではないかと思うモスグリーンの上着、色気の無いダボダボのジーンズ。
ライターの光に照らされているのは、紛れもなく女の子だ。
歳は……若くも見えるが20代前半くらいだろうか。
急に声を掛けてくるから知り合いかと頭の中で知り合いを探ってみたがどうも思い当たらない。
「はやく」
彼女は空いたベンチに腰を下ろして火を消したライターを差し出す。
「……ありがとうございます」
考えるのは少し辞めにして、ライターを受け取った。
改めて煙草を一本咥えると、箱の口を開けてまま彼女に向ける。
「メンソールだけど大丈夫?」
「だいじょぶ」
短く返事をした彼女が煙草を取り出したのを確認すると、箱をポケットに戻してライターの火を点ける。
風で消えないよう左手を添えながら彼女の煙草に火を灯し、続いて自分の煙草にも灯した。
「……げほっ」
すぐ横から、可愛くない咳が聞こえた。
「大丈夫?」
問いかけに返事は無く、代わりに断続的な咳が届く。
喫煙者ではないのだろうか。
「飲みかけだけど」
そう言って既に冷たくなった缶コーヒーを差し出すと、彼女は少し悩む素振りを見せた後それを受け取り口へ運んだ。
小さく喉がなる音が聞こえると、
「あっま……」
今度は咳の代わりに不満の声が耳に届いた。
「微糖だけど」
「コーヒーはブラックでしょ」
「胃が痛くなるんだよ。 吸い殻は缶の中に入れといて」
「まだ残ってる」
「残ってないと火が消えないだろ」
納得したのかは分からないが、彼女は缶の中に吸いかけの煙草を入れた。
ジュ……っと小さく火の消える音がした。
そのまま缶を地面にそっと置き、首から下げていたスマホを手に取り覗き込んだ。
スマホの人工的な光に照らされた彼女の横顔は、凹凸が少ないせいか、真っ直ぐに切りそろえられた前髪のせいかとても幼く幼く見えた。
「君、いくつ?」
「……」
「未成年じゃないよね?」
「……」
俺の質問に答える事は無く、スマホの画面を見続ける彼女の瞳は感情が読み取る事が出来ない。
会話を諦め、再び空を見上げる。
薄っすらと雲の切れ目から月明かりが漏れ出していた。
なんとか誕生日当日の雨は避けられるかもしれない。
そんなどうでもいい事を考えながら、空に向かって煙を吐き出すと、
「……お兄さん、何してる人?」
唐突に声が飛んできた。
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