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少し悩んだが、普段電話を掛けるなんてしない奴からの着信が気になり、ベンチから立ち上がり数歩離れた所で画面をスワイプした。
「もしもし? どうした」
「蒼生か? さっきはごめんな」
開口一番に謝罪が飛んできた。
これまた珍しい。 明日はやっぱり雨か。
そんなくだらない事を考えていると、電話の向こうの航大は続けてる。
「今年こそ上へ行こうな。 誕生日おめでとう」
「……は?」
「誕生日だろ、今日」
言われてスマホの画面を確認する。
──12月17日 AM0:01
いつの間にか、明日は今日になっていた。
「日付変わってちょうどに掛けてくるなんて彼女かよ」
なんて言っていいか分からずに、つまらない返しをしてしまった。
「いいだろ別に。 じゃあまた」
航大も少し照れているようで、唐突に電話は切られた。
ほんの短い通話だったが、いくつになっても祝われるというのは悪い気はしない。
先ほどまでのモヤモヤしていた気持ちを少しだけ晴らすくらいには効いたようだ。
溜息とはまた違う息を吐き、スマホをポケットにしまった。
「誕生日なの?」
後方から声が聞こえた。
電話が聞こえていたのだろうか、少しの照れくささを感じながら振り返る。
「聞こえてた?」
「なんとなく。 おめでと」
「……ありがとう」
「何歳になったの?」
「……28」
「年上だったんだ」
彼女は少し驚いて、もっと若く見えるねと笑った。
「君は?」
「秘密」
「なんで」
「なんとなく」
「じゃあ名前は?」
「そっちは?」
「蒼生」
「あおい、か。 いいね」
「……ありがとう」
こっちの質問にはまったくと言っていいほど答えてはくれないが、不思議と会話に心地よさを感じた。
それはきっと、俺が何を言っても彼女から否定の感情を感じないからだと思う。
「ソラ」
彼女が唐突にそう言った。
何かあるのかと上を見上げると、横からまた笑い声が聞こえた。
「違うよ。 私の名前。 ソラって呼んで」
「あぁ。 そっちか」
「蒼生って面白いね」
そう言ってまた笑うと、彼女──ソラのスマホが震える。
画面を確認するソラの瞳は、再び感情を無くしてしまったかのように見えた。
「そろそろ行くね」
そう言って立ち上がると、真っ直ぐ公園の出口へ向かった。
さっきまであんなに笑っていたのに、離れる時はあっという間だ。
ふと、手に握ったままのライターを思い出した。
「ソラ! ライター!」
声が届いたのか、ソラは振り返る。
「あげる! 誕生日プレゼント」
なんだそれ。
思わず頬が緩んだ。
そのせいかもしれない。
「ソラ! 俺の劇団、SKY airって言うんだ! よかったら観に来て!」
普段は出会ったばかりの人には言わない劇団の名前を大声で伝えていた。
それを聞いたソラの表情は見えなかったが、彼女はきっと否定の表情はしていないだろう。
消えていくソラの後ろ姿を見送る。
初対面の女の子と、深夜のベンチで会話をする。
なんだか不思議な体験をしたな。
そんな事を思いながら、ふと大変な事に気が付いてしまった。
「終電……終わった」
口から出た言葉は、誰に聞かれるでも無く深夜の空気に吸い込まれていった。
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