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竹林の真ん中
前方に伸びる道は見事に二手に分かれている。指定されたのは間違いなくここだと直感した。今にもドアが外れて落ちそうな“パブリカ”から降り、周囲を見渡す。
県道を逸れてしばらくしてから道路は未舗装だが、自家用車同士なら余裕ですれ違えるくらいの幅はある。
沿道の堺から先は、左右どちらも鬱蒼とした竹林が続いており、その隙間にはこれでもかと雑草が根差していた。
梅雨などそっちのけ、早くもぎらつき始めた太陽光は、幸いなことに笹の葉によって上手いこと遮られていたが、その分酷く湿っぽい。
大袈裟かもしれないが、もし厳密な定義付けがされていないのであれば、山道と呼んでも差し支えのない雰囲気だ。
とはいえ、今のところ特に何のことはない田舎道という印象に過ぎず、怪談なんかでは得意の不気味さだったり、悪寒が走ったりはまるでない。この型落ちのスマートフォンだって、きちんと電波は拾えている。
強いて挙げるなら、どことなく手作り感があるせいか、この先に人が住んでいるイメージが湧かないことくらいだろうか。
今更ながら、少し早く着いてしまったことに気付いた。
こんな時、この愛車で涼が取れれば、と深く嘆いた。残念ながら、パブリカにはエアコンなんか備わっていない。
このままでは、笹の葉に包まれて蒸されてしまう。さながらちまきじゃないか。ちまきは好きだが、生憎、私は餅米ではない。
そういえば、そろそろ昼時だ。ひとたびあの不恰好な三角錐が脳裏に浮かぶと、腹の虫が駄々をこね始めた。
溜め息と共にがっくりと項垂れると、不意に控えめな声がかけられた。
「あの……こんにちは。持田さんですか?」
「だから、私は餅米ではない……と……」
痩せ気味で青白い肌。いかにも不健康そうな優男風の青年は、その細い眉を顰め、怪訝で不躾な視線をこちらに向けた。当然の反応だ。まぁ、無理もない。
「あ——あぁ、申し訳ない。暑さのあまり」
三叉路を向かって左に進むと、車がすれ違うどころか、一台が通れるか否かといった具合の道幅になった。あの場所を指定されたのも納得の狭さ、これではほとんど獣道だ。
水戸と名乗った青年は、私の二歩先を歩きながら当たり障りのない世間話で場を繋いでくれた。
正直なところ、普通の好青年だったことに安堵を覚えた。
雨乞いの儀式をしていると聞いた時は、有り体に言って自分の中の常識を疑った。今日日、日本でそんなことをしている場所があるとは思ってもいなかったのだ。
もちろん、祭事として残している地域があることは知っているし、そもそも赤の他人の信仰にとやかく文句をつけるのもおかしな話だが、どうしても懐疑心を抱かずにはいられなかった。
やはり第一印象というものは、げに恐ろしいものだと思い知った。
それに比べ、私の第一印象は……いや、考えるのはよそう。
「もうじき着きます。家内が昼を用意してくれているので、まずは食事にしましょう。詳しいことはその後に」
「これはどうもご丁寧に。ありがたくご相伴に預からせていただきます」
水戸氏の邸宅は、件の獣道を抜けてすぐ右手に鎮座していた。豪邸とは呼べないが、瓦葺の平屋は実に立派なものであり、見本のような日本家屋だった。
しかし、水戸邸と町へ通ずるあの小道を比べると、如何せん不釣り合いに感じられる。どうにも腑に落ちない気がした。
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