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信仰と疑念
「ご馳走様でした。どれもとても美味しかった」
雑穀米に味噌汁、漬け物、和え物と鮎の塩焼き。精進料理をグレードアップさせたような食事は、見た目以上の食べ応えがあった。
聞くところによると、“北猪川町”の名の通り、この辺りでは牡丹が特産らしい。だが、水戸夫妻は肉を好まないとのことで、用意できなかったことを申し訳なさそうにしていた。
「お粗末様でした」
水戸夫人がにこやかに卓上を片付けている傍、水戸氏は麦茶を持って席に戻ってきた。
「さて、持田さん。本題に入っても」
その声色はこれまでとは打って変わり、低く、ややもすると重苦しいものだった。
思わず背筋が伸びる。目の前の冷えたグラスに伝う水滴と、自らの背中に流れた一筋の汗が同じ速度で重力に屈服してゆくのを感じた。
「ええ」
「単刀直入に申し上げます。祭りを止めさせ、雨を取り戻させてください」
——ん、聞き間違ったか。まだ遠くなるような耳ではないはずだが。
「や、止めさせる? 祭りを、行うのではなく?」
「はい」
彼の返事や眼差し、その佇まいにも、迷いは感じられなかった。
一体どういう風の吹き回しなのか。しばらく言葉を反芻するも、出鼻を挫かれたも同然の私に、自分を納得させられるような答えは出せなかった。
「この町は古くから、水神を奉っています。とりわけ初夏——この時期になると、“豊雨祭”という一年で最も大きな祭事が催されるのですが、近年、この祭事が過激になっておりまして」
「過激……」
「元来、この豊雨祭も一般的なお祭りと変わらないものでした。作物を社と川に供えたり、神輿こそありませんが、代わりに樽や桶を担いで恵みの雨を祈るものです。しかし……数年前から雨季が短くなっているのが原因で、その内容が歪み……」
水戸氏は言葉を濁した。
「始めは焚き上げでした。煙を雲に見立てると言い、この森の中心で業火を上げたのです。山火事になったらと思うだけで……。その後も、口にするのも憚られるような所業ばかりが増え、いよいよ歯止めが効かなくなりました」
「それを私に止めてほしい、と。しかし、何故私に?」
ずっと抱いていた素朴な疑問だった。
確かに、地方伝承や民俗学には多少の覚えはあった。頭のおかしな友人と共に全国を駆けずり回っていたこともある。だからといって、著名な大学教授でも、執筆をしたわけでもない。
「そのことなのですが、人伝てに持田さんのことを教えていただいたんです。ただ、何故か『誰の紹介なのかは言わないでくれ』と釘を刺されていまして」
「あぁ……」
——なるほど。犯人は“頭のおかしなあいつ”というわけか。次会ったら一杯奢らせよう。
「やはり、きちんとお話しした方がよろしいですかね」
「いいえ、その必要はありません。そういうことでしたら、分かりました。ひとまず、調べられることは調べてみましょう」
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