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伝統の歪み
北猪川町。その興りは、全国で町村制が施行された一八八九年であり、現在の人口はおよそ二万。至って普通の町だ。
特に目を惹く項目もなく、十数ページを流し読む。
しばらくして豊雨祭について記された項を見付けるも、水戸氏の言の通り、祭り自体におかしなところはない。強いて言えば、豊雨祭はかなり古くから伝わる祭事で、その起源は鎌倉時代まで遡ることができる。当時盛んだった卜占に基づいたもののようだ。
少なくとも、町史を読んだ限りでは奇祭でもなんでもなく、日本、それどころか世界中で見られる雨乞いのお祭りだった。
「書いてあることは普通でしょう?」
私が一通り読み終えたのを見計らって、向かい側に座る水戸氏が言葉を投げかけてきた。
半ばわがままを通して町史を読ませてもらったわけだが、彼の態度から「言わんこっちゃない」といった感情は表れていないように感じた。
気弱そうではあるが、その分を補って余りある寛容な心を持っている御仁のようで安心したと同時に、その物腰の柔らかさは第一印象のそれと変わりなかった。
「そう、ですね」
はて。これらを踏まえて次に取るべき行動とは何だろうか。現場調査か、聞き込みか。
すると、しばらく耽る私を見かねてか、水戸氏はおずおずと数枚の写真を卓上に置き、こちらに差し出してきた。その表情はより翳りを増している。
「これは?」
「去年の、豊雨祭の写真です」
私はそのうち、手前の一枚を手に取った。それは社殿の中全体が写るように撮られたものだったのだが、もはや違和感は明らかだった。十か十二畳ほどの一室は、大小様々な桶や皿で埋め尽くされ、足の踏み場はほとんど残っていない。
本来なら伽藍としているはずの厳かな空間がここまで乱雑になっている光景は、それだけでも若干の衝撃となって、私の側頭部を打ち付けた。
得も言われぬ不快に駆られながらも、二枚目の写真に視線を落とした瞬間、いよいよというべきか、抱いていた嫌悪感に名状が伴った。
ぬるりとしたてかりを放つ凹凸のない赤黒い塊。幅広のゴムとも、くたびれたホースともつかない長い縄。
実際に目の当たりにした経験はなくとも、これらが何であるかははっきりと分かった。
真新しい木桶の中は、著しく気分を害するのに充分な量の臓物で満たされていたのだ。
私は自らの立場も忘れ、思わず身震いした。なるほど確かに、口にするのも憚られるわけだ。
一見穏やかでありふれた小さな町には、人々の切実かつ盲目的な願いが、歪な膿となって沈濁していた。
“過去の遺物であるべきもの”に関われたと、限りなく好意的に解釈することはできる。
しかし倫理や直感に従うならば、「信じられない」という言葉以外に何も出てこなかった。
仮にも先進国として科学が発展した現代日本において、これほど挑戦的な儀式もそう多くないだろう。
「ちなみに、これは何の……」
「ほとんど猪です。食用にならない内臓を持ち寄ったものだと」
「この社殿の桶全て……」
「ええ」
あくまで知識として、かつてこのような儀式が行われていたことを知らなかったわけではない。
社に参籠したり、地蔵を粗雑に扱ったり、河川や湖沼を汚染することで、敢えて神の怒りを呼び起こし、それによって雨を降らせようとするものだ。特に動物の死肉は多くの場合、穢れの象徴とされている。
それらは“禁忌”と呼ばれ、概して書物や記録にのみ残されているべきものである。
そして全容が明らかになった今、それが想定の範疇を遥かに上回っていた異常事態だと理解した私は、言葉を失った。
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