豊雨祭

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豊雨祭

 豊雨祭初日。  北猪川町町民センターに一台の旅客バスが到着し、そこからぞろぞろと学生たちが降りてくる。  参加志願者は最終的に三十七名となった。予想の倍近い人数に、募っていったのは安堵だけではなかった。無茶苦茶なことをしたおかげで、チャーター代も宿泊費も大学から経費で落とせるなんてこともないだろう。  しばらくはもやし炒めで腹を満たそう、などと考えながら、私はその様子を水戸氏と共に見ていた。  「凄いですね。どうやってこんな人数を?」  「釣りですよ。単位って餌は食い付きがよくて」  ははは、と自然な笑いが彼から零れる。病弱そうな雰囲気は完全には拭えていないものの、少し覇気を取り戻したのか、いくらか血色も良いように見えた。  「それで水戸さん。お祭りの準備の方は」  「ええ、つつがなく」  「良かった。ありがとうございます。大変な役を押し付けて申し訳ない」  閉鎖的なコミュニティにおいて、外的要因は邪魔者以外の何者でもないことは火を見るより明らかである。それが伝統に関わるとなれば殊更だろう。  つまり、“今年の豊雨祭では禁忌に触れさせない”という最も重要な点は、彼に賭けるしかなかったのだ。  水戸氏の尽力には感謝の念を抱かずにはいられない。  「町民たちがどう思っているかは分かりませんが、氏子会も随分弱っていたようで。渋られこそしましたが、真っ向から反対されるようなことはありませんでした」  「なるほど。川下の汚染が避けられたのは、氏子さんたちに良心の呵責があったからでしたか」  「そのようです」  一つ壁を乗り越え、溜飲が下がった。  残すは、集めた学生らにこの町の歴史と信仰を知ってもらい、町民たちに本来の水神信仰を思い出してもらうこと。  これは学生らの学びの機会であると同時に、ある種の町おこしとも言えよう。名物のジビエも、陽の目を浴びることがあるかもしれない。  そういえば前回は飛んで帰ってしまった為に、牡丹を食べることができなかった。明日、帰る前に是非一度頂きたいものだ。内臓は……勘弁してもらいたいが。  雨が川を作り、海へ還る。海は雲を作り、雨は大地に還る。  雨や川、海は人の営みを支え、人は天の恵みに感謝を捧げる。  畏敬はやがて天——即ち神へと向けられ、その念は信仰を育む。  信仰は神の糧となり、それが損なわれない限り、神はそれに応える。  私は、これが信仰の正しいあり方だと思っている。間違っても、神を強請るなどあってはならない。そもそも、自然現象は神の御業。それを意のままに操ろうという考え自体、烏滸がましいことこの上ない。  大切なのは、八百万に感謝する心を忘れないことである。もちろん神や仏にだけでなく、人に対しても。  特別講師に名乗り出てくれた水戸氏と共に、たっぷり九十分を使ってそれを学徒らに説いた。その場には、興味本位からか、数十人かの町民の姿もあった。  本でも出していれば、絶好の臨時収入チャンスだったかもしれない。
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