追うのはね

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 軽いけれどふと時の流れている。 「懐かしい話だわねー」  笑い話に友人が電話の向こうで楽しそうに笑っている。もうあれから五年が過ぎていた。  彼とはそれっきり。別に彼女が吹っ切れた訳じゃない。  彼はあの頃有名なコンクールを受賞して卒業を待たずに直ぐ海外留学してしまった。 「私の黒歴史をどうも」 「そんな黒って言うほどじゃないでしょ。誰にでもこのくらい有るって。しかし、こんな有名人になるとはねー」  友人がゴロンと転がりながら見ているのはリサイタルのチラシ。もちろん写っているのは彼の姿だった。 「なんかとっても遠い人になったなー」 「焼け木杭には火が付くのかい?」  楽しそうな顔で起き上がった友人が話しても電話の向こうからは返事が聞こえない。暫く待っても彼女は黙っている。 「ラジオだったら放送事故になるよ」  冗談で話しを続ける。ちょっと悪いことを聞いたのかと、友人は申し訳なさそうな顔になっているが、表情は電話では通じない。 「実を言うと恋は終わってないんだ」  遠い向こうのほうから声が聞こえた気がした。小さな声で彼女はたぶん戸惑っているのだろうと予想できる。しかし、衝撃でもあった。 「もしかして、貴方が三流音大に進んで、底辺楽団に今回所属したのって?」 「彼のことを追い掛けてる」  ちゃんと語られた。ずっと唯一無二の親友だと思っていた人からの告白。これはかなり強烈だった。  彼女は世界を羽ばたいている彼と音楽という同じ道を、這いまわってでも進む選択をしていた。 「それはまた、頑張ってんね」 「もう住む世界も違う人なのに、呆れちゃうよね。引いても良いよ」  電話の向こうからは弱々しく自分を見下す言葉を連ねている彼女の姿が浮かぶ。友人は一度テーブルのビールの缶を傾けた。 「うん。悪くないんじゃない? 一途なのはデメリットじゃないよ。でも、いつまでも続けてちゃダメ。次に会えることがあったらまた告白なさい。骨は拾ってあげるから」  アルコールの力を借りた言葉じゃない。友人はそんなに弱くなかった。  すると電話の向こうでクスクスっと笑い声が聞こえる。 「そうだね。チャンスがあったらもう一度。折角こんなに追い掛けたんだから」  彼女が笑えているので友人は安心してカンッとビール缶を置いた。 「んだね。そうなるとあたしはそのチャンスをさがさんとなー」 「期待してるよ。じゃあ、またね。飲みすぎないように」  数時間話していたことが電話に表示される。彼女は通話終了ボタンを押すと夜空に浮かんでいる月を眺めた。 「会えたら。良いのにな」  呟きの転がった部屋にはサキソフォンが光っている。
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