追うのはね

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 ずっと彼女はサキソフォンを吹き続けて、疲れるまで奏でていた。  他の楽団員がそれを見て練習に集まれないほどに。  迫力さえも伝わっている。 「ゲネプロ始められるかい? それとも休憩にするかな?」  団長が、やっと演奏をやめた彼女に微笑みながら聞いていた。練習を進められなくて怒っている様子なんてない。 「すいません。夢中になってました。ゲネプロ開始で構いません」  そう言う彼女だったが、流石に演奏を楽しみすぎて足元がふら付いている。 「ちょっと休憩なさい。なあに、数分休めば呼吸が整う。その間に他のみんなの準備を済ませておくよ」  この楽団に専門の音楽家は居ない。団長だって普段は別の仕事がある。近くの内科医。医者の言うことなので彼女も言うことを聞いて、外に出た。  ホールの関係者入り口の横には木々が茂っている。段々と気温が上がる季節だが、その空間だけちょっと清々しい空気が漂っていた。彼女はそこで深呼吸をする。 「楽しかったな」  こんな時でも相棒のサキソフォンは手放さない。ピカピカに磨かれたその楽器は唯一の彼との繋がりだと思っているから。彼女はたいせつに抱いて音楽と彼のことを想う。  心に音が溢れる。想いが募りすぎた。  彼女は自分の中の音楽を奏でる為に立ち上がる。さっきの苦しさはもう回復していた。 「ちょっと、遊ぼうか」  そう言うと休憩なのを忘れて、今心に有る音楽を響かせる。  かなり優しく、ちょっと寂し気な音。これが今の彼女だ。  その場所にさっきの男が現れた。まだ彼女は目を瞑っているので気付いてないが、真っ直ぐ前に向かい合い、観客となっていた。  二人だけの演奏会が開かれている。  心の音をかなり鳴らした彼女は演奏の終わりを考えた。上を向いて木漏れ日を眺める。  けれど、視線を落として驚いた。自分の数メートル前で聞いていた人が居たから。 「続けて、良い音だから」  一瞬、驚きと戸惑いで彼女の演奏が歪んでいた。  しかし、男が勧めるので彼女は勝手に作曲される音楽の終わりを奏でる。 「えっと、どちら様ですか?」  演奏が終わると彼女は不思議な顔で前に居る帽子で顔をかくしている様な男に聞いた。 「忘れちゃった? 昔の知り合いなんだけど」  そう言いながら男は帽子を取る。その瞬間に彼女は男の正体に気が付いた。
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