代筆屋メリーの純情

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「わたしね、屋敷に閉じ込められていることが嫌なわけではないのよ。ただね、暇なの。わかるかしら?お客さまも滅多にいらっしゃらないし、ねえ、わたしの生活って何のためにあるのかしら。どうして誰も変だと思わないのかしら。わたしって所謂引きこもりよね?それも生まれてからずっと。お外に出たら死んじゃう病気なのかしら?そんなわけないわよね。庭やバルコニーに出てもなんともないもの。ねえ、ルビア。本当にどうしてなのかしら。この決まりごとを作ったお父様もお母様ももういないのよ。だったら終いでいいじゃない」  長々と女中のルビアへ愚痴を吐き終えると、メアリはおもっきり絵筆を折った。 「今日はダメね。終いにしましょう」  立ち上がると、メアリはさっさと部屋を出ていった。  残されたルビアはいつものことながらと呆れ笑うも、主人の生活を哀れに思わずにはいられない。  メアリは生まれてからこの方、屋敷の敷地内から出たことがない。外のことは他人から見聞きした情報しかなく、まるで世間的常識に頓着なかった。  絵を嗜み、音楽を嗜み、それから手芸や料理。自分で出来ることは何でも嗜み身に付けた。とても器用なメアリはひとりで生きていけるくらいに何でも出来るのに、外に出ることすら許されない。  理由は本当に誰も知らない。少なくとも屋敷の中では。  亡くなった父の言いつけで、亡くなった今もそうしているのは遺言にまで書かれていたからだ。だからメアリは今も屋敷に閉じ込められたまんまだ。  しかし、外に出なくても飽きない身の上ではあった。本人の止めどない愚痴を他所に。父母より継いだ家業で忙しい身の上である。暇なことは稀だし、来客も少ないどころかとても多い。だからメアリは外には出たことがないけれどもまるでさまざまな人と接して暮らしていた。  メアリの生業は少し変わっている。巷では魔法使いと呼ぶ者もいた。言葉の魔法使いと評判のメアリの職業は手紙の代筆屋だった。彼女を頼って色んな人がやってくる。  ところが手が空くとすぐに「暇だわ!」と嘆くのだった。  メアリは親愛を込めてメリーと呼ばれることが多い名前。代筆屋メリーといえば街では誰でも知っている有名人。  可哀想なことに本人は街に出たことがないから知る由もない。
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