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メアリは気分転換に着替えをしようとしといた。と、ドアがノックされた。「はあい」と返事をすると、ルビアが朗報を持って現れた。
「お嬢様、お客さまがいらっしゃいますわ。午後のお茶の時間帯ですって」
「どなたかしら。お仕事? それとも伝書屋のどなたか?」
「ええ、伝書屋のビンセント様ですわ!」
と、メアリがあからさまに弾けるような笑顔を咲かせた。
ビンセントというのは伝書屋の中でも一番に懇意にしていて、付き合いも長い。メアリが心底心を許している相手だった。
「よかったですね、暇じゃなくなって」
「ええ。ビンセントに会えるなんて、今日はとってもいい日!」
先程とは打って変わって上機嫌のメアリ。わかりやす過ぎてルビアがくすくす笑う。「だって仕方ないのだもの」と照れくさそうな主人がルビアは愛しい。
けれども、さっきまでのこの世の終わりのような気分は本物だった。受動的にしか生きられない自分を不甲斐なく思う時がメアリにはたくさんある。
世間を見たことがないから生み出せる言葉の数々、手紙の数々、なのかもしれないけれど。それは何だか逆さまな気分に思うことがある。そもそも代筆屋を継がなければ世間なんてまるで知らないまんまだった。
メアリは改めてルビアを付き合わせてクローゼットに向き合った。そうして衣装を選びながら思った。
ビンセントが来るならば、楽しいことがしたい!
まだお昼前、なにか素敵な仕掛けを。
ビンセントの喜ぶ顔が見たくて考えを巡らせはじめた。
考え込んでしまったメアリにルビアが「お着替えは?」と尋ねる。すっかり忘れていたメアリが恥ずかしそうに「ごめんなさい」と言った。
「ビンセント様に夢中ですものね、お嬢様は」
そうしてルビアはにっこりと笑う。その言い方と笑顔が胸に刺さって、メアリの心臓がどきどきと跳ねる。心が熱い。
「余計なこと言わないで、お願い! 意識しちゃうじゃない……」
メアリはビンセントに恋をしている。もうずっと長いこと。世間知らずのメアリは当たり前のように奥手である。大好きなビンセントに会えるだけで飛び上がるほど嬉しくて、会える時はついつい気合が入ってしまう。
「お嬢様、こちらはいかがですか?」
とルビアが取り出したワンピースは睡蓮の花がモチーフのひらりとしたものだった。外見は置いておいて、メアリの恋心の純情通り越して清純な様子が睡蓮を連想させた。
信頼してますとばかりに嬉々とワンピースを受け取ると、メアリは鏡で合わせた。ルビアが選んだならば外れはないとメアリは思っているからご機嫌が更に増した。
「これにするわ」
「ええ。とってもお似合いですわ」
「本当に?」
「はい。なんだか大人っぽく見えますわ」
ルビアがまた笑う。そうしてメアリが照れで顔を赤くした。
ルビアはこんな風に時々主人であるメアリで遊ぶ。
こんな具合に揶揄うとうぶなメアリはとてもとても可愛らしい。思春期はとっくに過ぎているのに思春期みたいなメアリのことがルビアは大好きだ。
「さあ、次はどうしましょう?」
すると困ったようにメアリは「どうしたらいいかしら」と言った。
まるで恋心を持て余しているようで可愛らしいと思ってしまったルビアは素敵な提案をした。
とってもとっても素敵な提案。
「お嬢様、ビンセント様に告白しましょう!」
「なななんですって?! 何を言っているの!」
「お嬢様、お手紙を書くのはお得意ではないですか。お気持ちを伝えなければ一生恋人同士になれませんわ」
恋人という言葉にメアリがそわそわしだした。
ルビアはあとひと推し、と思ってこう言った。
「お嬢様、代筆屋の腕の見せ所でございますわ!」
どうしてか負けず嫌いに育ったメアリの心にがっつりと火が着いた、
「……そうね。手紙、書いてみるわ!」
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