代筆屋メリーの純情

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 メアリは気合を入れて手紙を認め、それから昼食を摂るとお茶請けのお菓子をいくつか拵えた。  そうして待ちに待ったビンセントが現れた。 「ごきげんよう、ビンセント! 会いたかったわ」 「僕もだよ、メリー」  メリーはそうしてはにかんだビンセントの顔にときめいて、その場から逃走した。 「困ったお嬢様ですこと」  ルビアが楽しそうに言うから、ビンセントは何かあるのかなと思った。いかんせん、付き合いが長い。  客間に通されたビンセントにルビアが言った。 「ビンセント様、今日は何か素敵なことがあるかもしれませんわ」  植物や絵画で飾られた客間はメアリのおもてなしの一つだった。お客さまが寛げるようにと用意されている。 「メリーはわかりやすいね、相変わらず」 「ご本人におっしゃってくださいな。喜びます」 「そうかな?子供っぽいって怒られそう」 「ビンセント様からならなんだって喜びますわ」  そんなやりとりをしながら、ルビアは椅子を引いてビンセントへ着座を促した。 「今日も気合が入っていますでしょう?」 「あはは、なんだかすごいね。あれ?」  と、ビンセントは手紙の存在に気付いた。 「こちらは?」 「あら! ビンセント様へだそうです。早めに読まれた方がいいかもしれませんね」  ルビアがそう言うから、ビンセントは手紙に手を伸ばした。そうして目を通すと微笑んだ。  それからお茶を入れていたルビアに尋ねた。 「メリーはどちらへ?」 「どういうことです?」 「メリーを探しに行きたいんだ。その、探してくれと書いてあって」  と、ビンセントはルビアに手紙を差し出した。 『親愛なるビンセント  あなたを愛したいます  この恋が実るならば  どうぞわたしを捕まえて  あなたの虜にしてくださいませ」 「まあ、素敵! どのお部屋に入られてもかまいませんわ! ビンセント様、頑張ってくださいね」  そうしてビンセントは屋敷の見取り図と共に客間を追い出されてしまった。  とはいったものの、どこへ向かえばいいやらわからない。通りすがりの使用人や女中に尋ねるも「見ていない」と言う。  今いるのは2階、しらみつぶしに部屋をのぞいてみるが見つからない。  最後の部屋を掃除していた使用人が「さっきまでいましたよ」と言うから、ビンセントは慌てて外に出た。  すると女中が声をかけてきた。 「お嬢様なら、階段の方へ向かいましたわ」  有力な情報を手に入れたビンセントは見取り図に目を落として階段を確認した。  階段まで来たところで首を捻ってしまう。  上に行くか下に行くか。選択ミスをすれば余計に離れてしまう。  と、下を眺めていたら、ひらひらと花びらのような布地がちらついた。メアリの身に付けていたワンピースの色と似ていたように見えた。  ビンセントは階段を駆け降りた、すると遠くの方にメアリが歩いている。 「メリー、君を捕まえたい」  大きな声で叫ぶと、メアリが立ち止まって振り向いた。嬉しそうな恥ずかしそうななんともいえない笑みを浮かべている。 「僕の中は君でいっぱいなんだ」  けれどもメアリは告白されるのではなくて捕まえられたかった。こんなに距離があったら納得いかない。 「だったらわたしを捕まえて!」 「そこにいるって約束して?」  ビンセントが一歩踏み出すと、メアリが一歩後ずさる。 「いやよ」 「どうして? やっと追いついたのに」 「ちゃんとわたしのところまでやってきて! お願い」  するとメアリは駆け足で走っていってしまった。  ビンセントも慌てて追いかける。  メアリが曲がった廊下をビンセントも曲がる。するとそこは袋小路、見取り図では突き当たりには倉庫。部屋はそれ以外なかった。
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