代筆屋メリーの純情

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 ビンセントはそっと倉庫のドアのノブを捻った。中に入って「メリー?」と呼びかけると「はあい」と返事が返ってきた。  今度こそ捕まえられると確信しながら、万一のために内鍵を閉じた。  ビンセントはメアリより少しだけ年上だから、ずっと昔から妹のようにメアリに接してきた。ずっと大好きだったけれども、とある理由で好きだと言えずにいた。  狭い通路を慎重に歩いていく。 「メリー、すぐにそちらへ行くから。ちゃんと捕まえるからね」  声をかけると「ビンセントあのね」とメアリの声がした。  と、同時に物音がごとっとした。ビンセントのすぐそばで。  ぎっしりとものが詰まった低めの棚から恥じらうメアリが顔を出した。りんごのように真っ赤なお顔。 「見つけた、メリー」  棚越しに手を伸ばして、ビンセントはメアリの羊色の髪の毛をすいた。  恥ずかしそうなメアリがいつになく可愛らしい。あまりにも健気で、ビンセントは被っていた赤いハンチング帽をメアリに被せてやった。 本当は愛らしいメアリの照れてる顔をようく見たいけれども。 「少し待っていて。すぐにそちらまで行くから」  ビンセントは倉庫の順路を辿っていく。  そうして遂にメアリの前に辿り着いた。  メアリは恥ずかしそうに赤いハンチング帽をぐっと下げた。 「メリー、僕も君のことを愛しているよ。誰よりも」 「本当に?」 「もちろん! そうじゃなければ探したりしない」  するとメアリが蚊の鳴くような声で言った。 「嬉しい、ビンセントが好き」  本当にメアリは可愛いなあとビンセントは思う。そろそろ顔が見たくなった。  赤いハンチング帽を掴んでいるメアリの手をビンセントは優しく掴んだ。  観念したメアリは手の力を抜いてビンセントに任せた。  出てきた顔は更に更に真っ赤っかで。どうしていいのかわからないという顔をしている。  ふたりの瞳がやっと合わさる、けれども長い長い恋の結末にときめいてどうしようもなかった。 「メリー、僕の恋人になってくれる?」  ビンセントが尋ねると、火照りで潤んだ瞳のメアリが頷いた。 「でででもね、あのね、ビンセント!」  嬉しさと恥ずかしさやら色々混じって言葉を噛みながらメアリが尋ねた。 「恋人同士のわたしたちは何をしたらいいのかしら。わ、わたし。何も知らないもの……」  メアリがそんな風に言うからビンセントはくすりと笑ってしまった。こんなだからメアリは可愛くて仕方ない。 「もっとメリーといっぱい会いたい。そう、お仕事がなくても。いっぱい一緒に居たい。もっと近くに在りたい。今みたいに触れたい。それから、これを」  ビンセントは胸元から1通の手紙を取り出してメアリに渡した。ビンセントがメアリの元を訪ねる際、必ず携帯しているものだった。  この手紙の差出人はビンセントへ預ける際にある言い付をしていた。  『メアリが君に愛を告げたら渡してほしい』  やっと渡せる時が来た。この手紙があったから、ビンセントは自分からメアリに告白できなかった。そう言う約束事だったのだ。 「これは?」  不思議がるメアリはこの後驚くに違いなかった。  差出人は書いていないが、封筒切ればメアリは必ずどなたからの手紙かわかるはずだった。 「この字、お父様だわ。どうしてビンセントが?」 「いいから読んでみて。僕も中身は知らないんだ」  亡き父の言葉の数々にメアリは胸を熱くした。  そうして最後の一節にひどく驚いた。   『愛しい人が迎えに来たら  その時は一緒にお外へ出てごらんなさい  新しい幸せが待っていることだろう』  手紙から視線を上げたメアリにビンセントは丁寧な仕草で手を差し出した。 「さあメリー、お外へ出られるんだよ。僕にエスコートさせてくれるかな?」 《おわり》
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