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葉山啓介の狙撃
俺は体育祭が大雨で延期になって、踊り出したいほど嬉しかった。息子は一週間、延期になるだけなのになぜか泣いていた。そんなに体育祭が好きなのかと感心した。
家を出ると隠れ家に行って、服をスーツからパーカーとジーンズに着替えた。スーツケースに組み立て式のライフルと弾丸を詰め込んだ。
組織から田所が休養している別荘の場所は聞かされていた。事前に地形図から絶好の狙撃ポイントも割り出してある。
田所のような大物になると護衛は大勢いるだろう。しかも金に困らないので手強い奴が多いはずだ。そんな奴らを相手に正面戦闘など俺はしない。
俺は狙撃ポイントに到着すると、田所が別荘から出てくるのを待った。視界不良の大雨の中で遠距離からの狙撃に全てを込めた。
田所が綺麗な女を連れて別荘の入り口から出てきた。俺は田所の動きに合わせて、すーっと息を吸い込むとライフルの引き金を引いた。
甲高い音が響き田所が倒れるのを確認すると俺はその場を後にした。隠れ家に戻ってシャワーを浴びて服を着替えた。使った服とライフルは全て組織が処分する。
何事もなかったかのように自宅に戻ると妻が出迎えてくれた。
「ただいま。今日も疲れたよ」
「おかえりなさい。お疲れ様でした」
「淳一はどうしている?」
妻が眉根を寄せていた。
「それが部屋に閉じこもっているのよ。あなたからも声をかけてあげて」
「わかった」
二階の息子の部屋に入ると、体育祭が延期になったことがショックだったようで涙で目を腫らした息子がいた。俺はなんて声をかけたらいいだろうかと戸惑っていると、妻の困ったような声が響いた。
「淳一。教育実習生の伊藤美咲さんが淳一君に会いたいといらっしゃったわよ」
息子が泣き顔に花が咲いたような晴れやかな表情になって一階に降りて行った。俺は何がどうなっているのかさっぱりわからなかった。
玄関まで俺も行ってみると、授業参観で会った実習生がいた。驚いたことに淳一と実習生が手を取り合って喜んで涙を流していた。その光景を見ている妻は鬼のような形相をしていた。
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