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その客は和服姿だった。真珠に対して一瞥するだけ、他に何のリアクションもない。
にこにこ笑っているように見える細い目に、自然と上がった口角。愛想のいい人物に見えるが、態度は冷ややかだ。
この状況に真珠はピンと来た。明らかに浮いている見た目でこの店に来る客といえば怪異だ。
「貴方は、怪異?」
「見ればわかるだろう。その位すぐ気付け。そして指摘するな。それでも客商売か」
その怪異は厳しい口調で答えた。愛想の良さそうな容姿なだけに言葉が余計鋭く感じる。
「すみません。もしかして、招き猫の不死石……その怪異でしょうか?」
この笑って見える細い目と上がった口角から真珠はそう推理した。性格はともかくこの姿は招き猫に似ている。そして客商売に厳しい所も招き猫っぽい。
「そうだ。この店の店主の不調の理由を知っている。今から説明してやるからありがたく思え」
「いいんですか?」
「店を開けないだなんて商売で一番あっちゃいけない事だ。早く聞け。そして再開の目処を立てろ」
すべては店のためということだ。それほどの商売への執念があるため彼は招き猫と呼ばれ怪異となり石になった。そして今、店を開けずにいる真珠達のために怪異となって現れてくれたのだろう。
「この店の店主、橘と俺は相性が悪い」
「あ、そういえばそんな事を言ってました。でもどうしてもお金が必要で、」
「その金を手に入れたせいで本人が怪異として動けなくなるとはな」
招き猫は乾いた笑いを浮かべた。真珠はそれを聞いて焦りだす。今の橘は『怪異として動けない』。眠りっぱなしと言うわけではないのだ。
「相性が悪いというのはこういう事だ。橘がヒビの入った器だとして、俺が水。水を注ぎすぎればヒビが深く大きくなりいつか割れる。そして器ですらなくなる」
「橘はその割れた器だということですか?」
「そうだ」
状況は悪いということが真珠や真夏にもわかる。しかもどうしてそんなことになったかといえば、招き猫の不死石を持ったから、らしい。本来持ち主に良いことを起こす不死石であるはずなのに、橘が持てば良くない効果があるという。
「ピンと来ていないようだが、まさかお前達、橘の正体を知らないのか?」
「はい。ずっとはぐらかされてきて……」
「まぁ、それも無理はないか。その正体は多くに知られれば知られるほど、奴の寿命が縮む」
招き猫の声色がやわらかくなった。しかしその言葉は真珠達の知る知識と比べて真逆だ。
怪異とは誰もが思うものほど強くなるものなのに。
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