ナポリタン

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すぐさま招き猫は不足している情報を教えた。 「あれは英雄の怪異だ。言葉が生まれた頃に生まれた、おそらくこの世で最も古い怪異」 「英雄……」 「だからあれは人を救う。怪異も、不死石も。まれに歴史上の人物になりすましてでも、誰かを救う怪異だ」 それは真珠と橘にとって、とてもしっくりくる話だった。なにせ二人は橘に救われている。他にも救ってきたところを見てきた。 きっと大昔から『誰か助けてくれないかなぁ』『英雄がいたらいいのに』なんて思いが多くあった。そこから橘は生まれた。それから英雄として人を救った。そんなふうに生きながら長い時が過ぎた。 「まさか、過労みたいなものですか?」 「人間らしく言うとそうなる。あれは寄付の金を集めていただろう」 「確かにそうですけど、そこまで疲れる事だったのでしょうか……」 「労力はあまり関係ない。その結果どれだけ救われた人がいるか、そしてそこから英雄がどれだけ期待されるか、だ」 真珠は最近の橘の振る舞いを思い返していた。橘はまず最初に災害のための寄付をした。その結果いつも寄付していた所に送る寄付が足りなくなった。そこで招き猫の不死石を使い、新たに寄付してくれる人物を見つけた。 とくに重労働をしたわけではないが、救われた人は多い。 そして真珠も気付いてしまう。助かった人がそれで終わるわけがないと。 「確かに、寄付で助かる人もいるかもしれません。でもそれで助かった人がまた次もあると思ってしまうかも。実際いつもの寄付がないと困る人がいるって橘も言ってましたし」 「そもそも、あれが寄付していたのは国が支援すべき規模の問題だった。なのに英雄だからといって寄付として救っていては国が何もしなくなる。国すら英雄を望んで、英雄の怪異はより強くなる」 「強くなるのに、過労?」 「我々は長く残る石が元になっているとはいえ、いつかは水でも削れてしまう。あれだけ長く生きた英雄も消耗する。長い生で望む声が多すぎるのだろうな」 真珠と真夏は罪悪感に包まれた。二人も助けられた。それは橘の寿命を削る行為だったのかもしれない。だから助けを求める声を否定することはできなかった。 「じゃあ橘さんはこのまま眠りっぱなしって事なのか?」 「そのうちこなごなになって消えてなくなるさ」 からりと言う招き猫に真夏は息を飲んだ。それだけの長い期間を生きて消耗したという事だ。眠りっぱなしで終わるはずがない。今の眠りっぱなしでいる状況は予兆で、これからどんどんと人間の姿を失うということかもしれない。
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