ナポリタン

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「どうにかならないんですかっ?」 招き猫に詰め寄ったのは真珠だ。橘の状況は人間で言う老いや老衰かもしれないが、もしかしたら避ける事のできる方法があるかもしれない。 その必死な真珠を見て、招き猫は言う。 「答えは簡単だ。石の姿になればいい。そもそも我々が不死石となるのは人の世で生きることに疲労するためだ。石になれば疲れは取れるし、急に英雄がいなくなれば皆が失望して誰も期待しない。求められなくなる」 「じゃあ……」 「しかしそれをせず、人を救いたがるというのが英雄の怪異だ。本人が石になりたがらない。石になれば今までのように人を助けられないのだから」 それでもこなごなに砕け散るよりはましだと真珠は思った。しかしそれは本人が納得しないことだ。だからこの状態となっている。どうにか橘を説得する方法を考えた方がいい。 「……招き猫さん、もし『英雄の不死石』を私が持ったら、どうなりますか? もしかしたら英雄になれたりとか」 「それはありえない話だ。英雄ならばお前のような子供に身代わりをさせるはずがない」 「つまり英雄の不死石を持てば、橘の代わりになるということは可能なわけですね。なら説得します」 本人の意思はともかく実行可能。それさえわかれば真珠は決めた。橘を不死石になってもらって、真珠が不死石の効果人助けを得る。そして真珠が橘の代わりになる。 それは苦労するしまずは説得しなければならないが、それだけの覚悟が真珠にはあった。 「まあ待て。お前はそこの男と結婚しているのだろう。英雄とは素晴らしい行いかもしれないが、それだけの危険はある。相手も、それを承認した不死石も納得はしないだろう」 「だったら俺がやる」 次に言い出したのは真夏だった。真珠同様に、彼にも恩が有り覚悟がある。 問題は橘達が納得できるかどうかだ。ならばこの二人は説得を試みる。どれだけ苦労するかわかっていても、代わりになって橘を生かそうとしている。その様子に招き猫は頭を抱えた。 「……どうもお前達は『英雄』を軽く見ているな。本人ですらその重さに潰れかけているというのに」 無鉄砲な二人は今の招き猫ですらまだ説得できていない。なのに橘を説得できるはずがない。 二人は子供だ。助けられる人だって限られているし、『君の代わりに子供二人が働くから』なんて聞かされては橘もおちおち石になっていられないだろう。 「招き猫さんも否定ばかりしてないで意見を出してくださいよ」 「そっすよ。橘さんとは誰より長い付き合いなんだし」 子供二人は怖いものなどもうないのか、招き猫相手に尋ねた。その勢いには招き猫もたじろぐ。確かに文句ばかり言うのは客商売の専門家としてどうかと思えてきた。 「娘、コーヒーはいれられるのか?」 「いえ、私ができるのはソフトドリンクとかで」 「俺はいれられます。橘さんには敵わないけど」 「いれてみろ」 招き猫が命じて流石に真夏も戸惑った。長話で喉がかわいたのだろうか。 ここはプロの店。趣味でかじった程度の真夏が勝手に商売道具に触れていいものではない。しかし招き猫の細い目が開いていて、逆らえない雰囲気がある。真夏はそれに負けて、カウンターに入ってて作業を開始した。
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