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炎天下の中、慌てて真珠は駆け寄った。
「ごめん、真夏。遅れた」
「いいよ。俺が早くに来ただけ。こっちこそ急かしてごめん。紫さんとこ、泊まってたんだろ?」
「うん、家に私一人なの心配して」
真珠は慌てて喫茶兼住宅の鍵を開けた。真珠が店を開けるのを待っていた真夏は炎天下の長く立っていたが整った見た目のせいか涼しげだ。
今はもう、真珠はこの店に住んでいない。宝石を扱う店舗なのに真珠がほぼ一人で生活する事を心配して、紫が自分の部屋に泊めているのだった。二人は今では姉妹のように仲がいい。
「真夏にも合鍵持ってもらってもいいかも」
「いや、それはまだもうちょい先にしなよ。あんま人を信じすぎるのよくない」
「真夏なら何も悪いことしないでしょ」
真夏は信頼されるのはうれしいが、ここまで信頼されるのはどうかと思う。
二人が戸を開けると外よりも蒸し暑い空気に包まれた。
「っと、冷房しとかないと」
「冷たいもんもなんか飲もう。アイスティ開けていいか?」
「うん、多めに仕入れてたはず」
暑いと何もできない。それでも真珠はカウンターの上の宝石に声をかける。
「ただいま、橘」
その宝石とは橘の不死石としての姿だった。それは大粒のダイヤのような見た目で、密かに加工して付けてみようと思っていた真珠もその輝きに負けて諦めた。どう見ても自分には不釣り合いだ。
アクセサリーとしての加工はしない。本人の希望で、すぐにでも人の形を取りたいからだろう。そうなる土日のため、体力を温存している。
「昨日来たのは、っていうか帰ってきたんだっけか。吸血鬼の不死石が」
「うん。今日はその次の行き先の話をしよう」
真夏は市販品のアイスティを丁寧にいれた。ストローやコースターまでつけて客に出すのと同じように出す。これも練習のためだ。
この喫茶店は土日のみ開ける。
なので平日は二人で店をやるための練習の日と、夕方のみ休みを知らずにやってきた来客への対応で使う事にした。
役目を終えて返却された吸血鬼の不死石。持てば鉄分を求めて良い血液になるというもので以前ダイエットから貧血になった娘のため貸し出された。その娘が健康になったため返却された。それを再び誰かに預けるとしたら、というのが今の相談だ。本来ならば橘が考える事だが、彼が眠っている間に二人である程度考えた方が負担が少ない。
「吸血鬼の不死石はいい血が増えるよう鉄分が欲しくなるもの……となると若い女性だよね」
「森さんは? 結構健康のこと気にしてたし」
「ダメ。森さんはサプリ飲んでた。鉄分は摂りすぎると内臓に負担がかかる」
「男の人だけど山田さんとかは? あの人献血よくするんだって」
「……それなら有りかな。決定は橘に任せよう」
真珠がメモを取る。眠っている橘に伝えなくてはならないことが山程ある。
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