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プロローグ〜読まなくても問題はないけど、読むと物語を十倍楽しめる序章〜
9月22日(金) AM 7:30
丸型の撮影用ライトの真ん中にスマホをセットし、四・七インチのディスプレイの正面に座ったわたしは、画面の下部に表示された+の文字をタップする。
続いて表示された文字を右にスワイプしていき、「ライブ」の文字を選択して、「タイトル」の欄に
「カップル向け おすすめ秋コーデ 予告」
と入力したあと、もう一度ディスプレイでヘアスタイルのセットを確認してリップを塗り、いつもどおりのライブ配信前ルーティーンを終える。
「ヨシ(๑•̀ㅂ•́)و✧! 今日も亜矢はカワイイ」
と、画面の中に自分に言い聞かせるように声をかけ、呼吸を整えたあと、大きなシャッターボタンを慎重に押す。
「みんな、おはよう! 瓦木亜矢です」
「朝は、すっかり涼しくなって、陽射しを気にせず、外出できる季節になってきたね! 」
「そこで――――――今日は、この秋にオススメの推しコーデを紹介したいと思います!……あっ、スゴイ! もう、こんなにコメントが来ちゃった」
画面の向こうへのあいさつを終えると、スマホのディスプレイには、次々と視聴者からのコメントや質問が表示される。
little_twin_stars1224:おはよう! あやち、今日も楽しみにしてるよ。
golden_pudding0416:今夜は、どんなコーデを紹介してくれるの?
riko_hinokuchi:今日の部屋着もカワイイね! このウェアのポイントを教えて!
「それじゃ、さっそく、答えて行くね! まずは――――――riko_hinokuchiさんから!リコ、いつもありがとう! 『今日の部屋着もカワイイね!』わぁ! 嬉しい! 『このウェアのポイントを教えて!』か」
リコのリクエストに応じて、淡いピンクのトップスとチェック柄のパンツがセットになったルームウェアについて、答えることにする。
「この部屋着、リラックスできるし、カワイイから、気に入ってるんだ。トップスは、ロンTタイプで、ゆったり着られるし、締めつけ感がなくて、優しく体型もカバーしてくれるよ」
そう言ったあと、わたしは、立ち上がって、腰元が画面に映るように調整する。
「パンツもチェック柄で、カワイイでしょ? ウエスト部分はゴムになってるから、窮屈感もなくて、おなか周りにも楽な履きごこちなんだ!」
ここで、もういちど、チェアに座り直して、ウェアの紹介を続ける。
「生地も肌触りの良いコットン生地だし、起毛素材が苦手なヒトでも安心だよ! 薄手で程よい厚みだから、少し肌寒く感じる今の季節にピッタリだし、かわいいデザインだから、LANEでビデオ通話するときにもオススメだよ」
#PRESSANCE
#ルームウェア
商品のハッシュタグを付けると、コメント欄が活発化する。
hood_rabbit0118:ビデオ通話するときの服装に困ってたから助かる〜。
「トップスにも、パンツにも、ポケットが付いているから、小物も入れられるし……なにより、色んなカラーがあるから、女子会で集まるときに色違いのお揃いで着てみるのも楽しいかも!」
pochako_puppy0323:女子会で集まりたい〜。みんなで揃えてみよう!
期待通りのコメントが集まったところで、わたしは配信の締めに入ることにした。
「――――――と、いうことで、今朝の配信は、ここまで! 今日の夕方のライブ配信では、サプライズ企画を用意してるの! 明日は、わたしにとっても、大切な記念日なんだけど……彼のファンなら、もう、わかってるよね? というわけで、今夜の配信も楽しみにしていてね。それじゃ、また、夕方に! バイバ〜イ!」
karinchan_yamayama:夕方の配信も、本っ当に楽しみ!
コメントでも、期待が集まっているように、夕方に予定しているサプライズ企画のことを考えると、思わず顔が緩んでしまう。
(ハルカは……きっと、喜んでくれるよね……)
自慢の彼に想いを馳せながら、わたしは、今日も朝のライブ配信にコメント協力をしてくれた親友のリコにお礼のメッセージを送り、登校の準備を整えて、玄関を出た。
※
「古都乃さん、どうでした? 今朝の配信内容は?」
「あやチャン、今日もお疲れさま。しっかり宣伝してくれてありがとう」
自動車での朝の通勤途上――――――。
ハンドルを握ったまま、ハンズフリーの状態にしたスマホ越しに聞こえる通話の相手、瓦木亜矢の問いに、所属する企業で若年向けブランドの広報戦略を統括する光石古都乃は、ねぎらいの言葉で応じた。
彼女が広報活動の責任者を務めるこの企業では、SNSを活用した、ステマ……もとい、ターゲット・マーケティングを積極的に行い、テレビなどのマス・メディアへの露出が少ないにも関わらず、十代を中心に熱心な顧客を獲得している。
その広報戦略の中心を担うのが、亜矢のような同世代に影響力を持つインフルエンサーに依頼し、彼女たちの《ミンスタグラム》や《YourTube》の動画などで、自社の商品を紹介してもらう手法だ。
古都乃は、現在の部署に異動した五年前から、社内ではミンスタグラマーやYourTuberを起用した広報活動を行っており、マス・メディアに広告を出稿するより、はるかに低コストでPRが可能なこの戦略のおかげで、彼女の所属する企業は、大幅に収益を伸ばしていた。
なかでも、瓦木亜矢をはじめ、この企業と提携しているインフルエンサー本人と直接コンタクトを取る彼女は、動画配信の内容と宣伝効果に目を光らせながら、商品の伝導者たちとの契約継続や打ち切りを判断する重要なポジションを担っている。
「古都乃さんのお役に立てて、何よりです」
クールに社交辞令で応じた古都乃の言葉を好意的に受け止めたのか、電話口で声を弾ませる亜矢に対し、企業担当者は、大人びた口調で、淡々と確認事項を伝える。
「前にも言ったけど、本番は、夕方の配信だから、しっかり準備しておいてね!」
「はい! わたしたちのサプライズ企画、古都乃さんも楽しんでくださいね!」
年相応に、自分の行うライブ配信の内容に対して、根拠の薄い自信を持つ、若いインフルエンサーに対して、内心で苦笑しつつ、
「相変わらず、自身にあふれてるわね……まあ、動画配信をしてもらう側からすると、それも大事なことだけどね」
言葉を選びながら、応える古都乃。
「仕事に私情は挟まない」
が、モットーの彼女にとって、瓦木亜矢のような同年代に多くの支持者を持つインフルエンサーは、自分たちのビジネスにとって、貴重な戦力の一人だ。
それは、広告出稿費における費用対効果の面において、バツグンのコスト・パフォーマンスを誇る彼女のアカウントに対する信頼から生じている。
また、亜矢は、《歌い手》と呼ばれる主にネット上で活動する歌手の中でも、若年層から熱心な支持を受けている鳴尾ハルカとの交際を宣言していて、そうした点からも同世代の注目を集めやすい、という側面があった。
古都乃の立場からすれば、マーケティングの上でも、この点は、重要なポイントだ。
「ハルカ君だっけ? 歌い手の彼とのことも、亜矢ちゃんの話したいことが、あれば、いつでも、相談に乗るから!」
仕事に私情を挟まない――――――。
とは言うものの、古都乃自身は、対人関係や恋愛の悩みなど、担当する十代のインフルエンサーたちのプライベートな相談については、積極的に相談に乗ってきたつもりだ。
それが、彼女たちの安定した動画配信ならびに商品紹介につながる、というビジネス・パーソンとしての動機はもちろん大きいが、心理面で不安定さを見せることのある十代の彼女たちの相談相手になることを疎ましいと感じることはなかった。
「それじゃ、夕方の配信、しっかりお願いね。楽しみにしてるわ。」
朝のライブ配信で、おおむね期待通りの商品紹介をこなした彼女に言葉をかけ、通話を終えた古都乃は、
(亜矢ちゃんの言ってたサプライズ企画、上手く行くとイイけど……計画の詳細を伝えてもらってないから、ちょっと心配なんだよね)
と、懸念を抱きながら、愛車でオフィスを目指した。
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