15人が本棚に入れています
本棚に追加
「これ、折ったの、松本さん?」
汐田くんが袋から取り出したのは、折り紙の魚だった。
「うん、それね、中にメッセージ書いてある、から……あの、後で読んでもらえたら、嬉しいです」
告白しようかな、とも考えた。でも、私は、やっぱり心底びびり屋で。
だから、手紙を書いた。それを、魚の形に折った。
鶴基準で悪いけれど、鶴よりかほんの少し手間をかけたこの意味が、どうか伝わりますように。読んでもらえますように。
汐田くんが、あっけにとられた顔になった。
あ、これ、多分、はずしたやつ。
そう思った、次の瞬間だった。
汐田くんがぱっと背を翻した。
戻ってきたその手には、折り紙の魚があった。私のとは違って、立体的というか、ちゃんとしたやつ。きれいな橙色は、瑠奈ちゃんの欲しがっていた、プラティと同じ色だった。
はい、と渡される。
「俺、も、ろくなこと書いてないけれど……」
お家にただよう水の匂いのせいだろうか。私の構えた目に見えない網の中に、透明なプラティが、ふわっと飛び込んできたような気がした。
別に、彼氏彼女になったわけじゃない。でも、そんなのはいいんだ。淡くて、儚くて、奇跡みたいだった。
嬉しい。
すごく、嬉しい。
──でも。
私はまじまじと折り紙の魚を見た。
「中に、メッセージ書いてくれたの?」
「うん」
思わずつっこんでいた。
「なんでよ!」
「え、なんでって、何が?」
「こんなちゃんとしたやつ、勿体なくて開けないじゃん! ていうか、二度と元に戻せないから開けるとかまじで無理だしっ」
きょとんとした汐田くんが、弾けるように笑った。
「あははっ、ごめん、ごめん」
「ごめんじゃないよー! もー!」
「あーっ、もう、おっかしいなぁ。俺さぁ、昔から、肝心なところで、だいたいちょっと外すんだよね」
知ってる、と笑った。
そんな汐田くんを、好きになったから。
汐田くんがスマホを取り出して、言った。
「ネタバレすると、中身、住所なんだ。また遊べたらいいな、って」
私もスマホを取り出す。引っ越しのドタバタの中で、何やってんだろう、と笑いながら住所を交換する。
見えない網の中で、私の透明なプラティが、ぴちぴちと跳ねている。
【おわり】
最初のコメントを投稿しよう!