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「お兄、あたし、この子がいい!」
五月、平日の午後、無邪気な声がアクアショップに響く。
私は声のほうを向いた。
瑠奈ちゃんの手を引いた男子──高校の同級生の汐田ユウヒが言う。
「じゃあ、瑠奈、松本さんにお願いしてごらん」
瑠奈ちゃんがわたしを見た。汐田くんとよく似た涼し気な一重の目が、すうっと糸みたいに細められる。可愛い。
「沙良ちゃん、お願いします!」
「はいっ、わかりました!」
つられて私も元気な声が出る。
私のアルバイト先であるアクアショップは、汐田くんの家の近所にあった。汐田くんのお父さんがアクアリウムをやる人で、汐田くんや、妹の瑠奈ちゃんも、ちょこちょこ店に訪れている。
私は腕をまくった。
つい先日、店長に魚の捕まえ方を教わったばかりだった。
夜店の金魚掬いからも分かる通り、魚というのは、コツを知らない限り、中々捕まえられないものだ。追えば追うほど、するすると水の中を逃げてゆく。
店長の言葉が脳裏を過る。
──追いかけちゃだめなんだよ
──水中で、網を振り回さないようにね
──水槽の角に魚がくるように網をそーっと近づけて、下から上に、ふわっと掬う
練習用の水槽でチャレンジした時は、うまくいった。きっと今度もできるはず。
水槽の前に脚立を準備する。捕まえた魚を入れるケースも水も用意した。専用の網を手にする。
いざ捕まえようとして、あれ、と困惑する羽目になった。
瑠奈ちゃんが欲しいと言った魚──プラティが、水草に隠れて出てこない。
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