15人が本棚に入れています
本棚に追加
「うん。この子がこの手前の角のところで泳いでくれたら、捕まえられるから。三日も待てば、どっかのタイミングでこの辺を泳いでくれるでしょう」
「うちの父は、もうちょっと早く捕まえてる……けど?」
汐田くんが苦笑した。
「ぼくらの家の水槽とは、全然レイアウトが違うでしょう」
うん、うん、と店長が頷いている。
私のアルバイト歴はそう長くない。この水槽からの生体販売に立ち合うのは、今が初めてだ。
私よりアクア歴の長い二人が言うなら、そうなんだろう。
改めて水槽を見る。
まばゆいライトに照らされて、循環する水がきらきらと光っている。豊かな水草の森が涼し気に揺れている。気持ちよさそうに泳ぎ回る、色とりどりの魚たち。
魚にとっても、鑑賞する人にとっても、最高の環境だ。
とはいえ、そこまで難しい水槽に魚を入れて、いざ販売となると三日もかかるなんて。それはそれでどうなんだろう。
私の無言のツッコミにまるで気づかない店長が、そっと水槽の縁に手をかけて、笑った。
「生き物って、思い通りにならないものだ。ぼくらは、思い通りにならない相手と、うまくやっていくんだよ」
あまりに堂々とした態度に、瑠奈ちゃんも納得した。待ってるからね、と水槽に向かって話しかけている。
汐田くんが、ばつの悪そうな顔で切り出した。
「ごめんね、俺がちゃんと説明しとけばよかった」
「ううん! 私もうまくできなくて」
また三日後に、と汐田くんが瑠奈ちゃんと一緒に店を出て行く。
その後姿に、また学校でもね、と心の中で話しかけた。声に出すのは、何だか照れくさくて、できなくて。
すすす、と店長が私の側に寄ってきた。
何か言ってくるのかと思ったら、なにも言わず、ただ、にまにましている。
「何ですか?」
「いやー? 別にぃー?」
「もーっ!」
思い通りにならない相手とやっていくって、こういうことかと思う。
最初のコメントを投稿しよう!