我慢の日々 7

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我慢の日々 7

 久しぶりに弟が、実家に帰ってきた。  兄さんの様子を診てもらいたくて、俺が呼びつけたのだ。  もしかしたら他人には話せないことでも、血を分けた実の弟になら話せるかもと淡い期待をしたが、兄さんには通用しなかった。  むしろ医師としての経験を積み始めた丈が推察する話に、驚愕してしまった。 『メイル・レイプ』  その言葉の重みを、ひしひしと感じた。  丈は知らないのだ。  かつて翠兄さんを苦しめたアイツの存在を。  克哉……  アイツが憎い!  アイツがしたことを忘れたことなどない。  あれはまだ兄さんが高校生の時だ。  なかなか帰ってこない兄さんを迎えに行って……  嫌な予感がしてアイツの部屋に押し入ると、達哉さんの元に行ったはずの兄がアイツに組み伏せられ、手首を頭上に一つにまとめられ、床に押さえつけられていた。更に胸元と下半身を忙しなく乱暴に弄られていて……今にも口づけされそうになっていた。  兄さんの……ぎゅっと堪えるように閉じられた目からは、涙が溢れ出ていた。  今でも忘れられない、悲惨な過去の映像だ。  それから……大学生になった兄の心臓の下には、何度も執拗に押し付けられたような煙草の火傷痕があった。  どんなに問いただしても、その理由は教えてくれなかった。最後まで話してくれなかったが、あの傷もきっと克哉が絡んでいるはずだ。  なのに兄は何も語らず、全てを一人で抱え、自ら家を出て行ってしまった。  今回の怪我や視力をストレスで失っているのも、もしかして……アイツのせいなのか。どうしてもレイプという言葉から連想してしまう。 「流兄さん、大丈夫ですか。あれから、ずっと考え事を?」 「あぁ、俺も風呂入って来るよ」  どうやら丈が入浴している間、ずっと物思いに耽っていたようだ。  今はひとりになって考えたくて、丈の前を素通りした。  湯舟に浸かって、目を閉じる。  焦るな。  今は……兄さんは俺の手元にいる。  弱って怯えて帰ってきた兄さんのことは、俺が全力で支える。  手取り足取り、兄さんの目となって生きていく。  さっき丈が言ってくれた言葉を反芻してみた。 『幸い、流兄さんが触れるのだけは大丈夫のようですね。時間はかかるかもしれませんが、今翠兄さんがいる場所は安全だということを、さっきみたいに何度も何度も伝えて安心させ、心を解していけば……きっとまた目が見えるようになります。でもどうか嫌な記憶は無理して掘り返さないでください。簡単に掘り起こしていい状態ではないのです』    言いたくないなら、今は聞かない。  やはりあんなに過剰反応するのなら、今はそっとしておくのが最善だろう。  悔しいが、兄さんはそういう人なのだ。   もう上がろう!  兄さんが目覚める時は、いつも傍らに。 ****  「流……どこ?」  目が覚めても暗いままなので、起きるとすぐに僕は流を呼んでしまう。  暗闇が怖いんだ。  暗闇が嫌いだった僕に、なんという試練を与えられたのか。  うっすらと光を感じるのは昼間の話で、空が暗くなると一気におぼつかなくなる。  不安げに手を彷徨わせると、すぐにしっかりと掴んでくれる人がいた。  肌馴染みのいい懐かしい大きな手。  これは僕の大事な弟、流のものだ。 「兄さん、ここだ。ここにいるから大丈夫だ。そろそろ風呂に入るか」 「あぁ少し眠ったら気分が良くなったよ。その……さっきはすまない。あのように取り乱して、恥ずかしいよ」 「大丈夫だ。少し刺激が強かっただけだ」 「どうして丈に対して、あんな過敏な反応をしたのか、全く分からないんだ」 「何も考えなくていい。余計なことは忘れろ。今は身体を休める時だ」  流の言葉に力づけられる。  今は頼りない兄だが、この病が治ったら……ちゃんとするから、だから少しだけ休ませてくれ。  お前の傍は心地良いよ。 「流……ありがとう」
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