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一途な熱 3
夏休みが終わろうとする、ある日のことだった。
寺の一大行事ともいえるお盆の慌ただしさも去り、静まり返った本堂に俺と兄と弟の三人が揃って呼ばれた。
「父さん、お待たせしました」
「うむ、来たか」
促されて兄は正座をした。
俺もしょうがなくそれに倣い、弟の丈も無言で正座した。
なんだよ? もうすぐテレビが始まるのに。
こんなところに改まって呼び出して、また堅苦しい話なのか。
「お前達も既に理解していると思うが、父さんはサラリーマンを辞めて月影寺を継ぐことになった。住職として、今後は北鎌倉のこの寺で生きて行く。そこでお前たちにも次の世代として、覚悟してもらいたい」
「はい、承知しています」
翠兄さんだけが、落ち着いた口調で答えた。
「そこで大事は話がある。母さんは一人娘だったので私を婿養子に迎えたが、私たち夫婦には幸いなことに三人の頼もしい息子が誕生した。そこでだな、ぜひ息子に寺を継いで欲しいと思っている。主となり継いでくれるのは……長男である翠、お前にしてもいいのか」
翠兄さんははっと、父を見上げた。
そして喉仏が、ゴクリと覚悟のほどを示すかのように上下した。
「もちろんです。僕が長男です。僕が引き受けます」
「そうか、良かった。だが、お前は無理していないか」
「大丈夫です。僕が選んだ道です」
「翠は頼もしい子だ。流と丈は出来る限り兄を助けてあげてくれ」
翠兄さんは、俺と丈のことを交互に見つめて、ふっと優しげに微笑んだ。
「流、丈……僕は大丈夫だよ。だから君たちは君たちのやりたいことをやるといい。仏門は僕が選んだ道だから、心配しなくていいよ」
何故かどこか儀式めいた時間だった。
兄の生きて行く道が決まってしまったのか。
まるで兄が重たい足枷をはめられてしまったような最悪な気分だ。
兄は本心からそう思っているのだろうか。
俺よりもずっと線も細く……凛としているのに儚げな兄。
仏門の修行は大変だと聞いているのに大丈夫だろうか。
この華奢な兄に果たして耐えられるのか。
そんな心配ばかりが沸いては消え……
頭の中で、ずっと繰り返していた。
そしてその日を境に、俺と兄の関係はまた少し変わることとなった。
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