光を捉える旅 6

1/1
前へ
/239ページ
次へ

光を捉える旅 6

「お粥を作ってもらいました」 「あぁ、いいね。さぁお兄さんに食べさせてあげなさい」 「あ、はい。兄さん……起きたのか。もう大丈夫か」  ドキっとした。  視力が戻って来たので、流の顔がはっきりと見えた。  こんな表情で、いつも僕を見てくれていたのか。  僕に接してくれていたのか。  流……大人になったな。  表情に深みが出て、以前より落ち着いていた。  以前は自分の感情を持て余し爆発させることが多かったのに、今は堪えている。ぐっと我慢している。  それがひしひしと伝わってきて、無性に切なくなった。 「さてと、私はそろそろ帰るよ。そうだ……これは私の診療所の連絡先だ。何かあったら、いつでも気軽に連絡してくれ」  僕を助けてくれた人が、流に挨拶している。  どうやら名刺をもらっているようだが、視力が戻った事はまだ密なので明後日の方向を向いていた。 「今日は兄を助けて下さってありがとうございます。恩に着ます」 「いや、お兄さんを助けたのは君だよ。君も……この先、大変だと思うが、何があっても信じた道を歩むといい。意味があっての今なのだから」 「……はい」  やはり不思議なことを言う人だ。  大きな山を越えたことのあるような、卓越した言葉を残して去っていった。 **** 「兄さん口を開けて。ほら、あーんだ」 「……」  むっ、無理だ――  目が見えない時は出来たのに、今は猛烈に恥ずかしい。  それを気付かれないように、素知らぬふりをするのにも限度がある。 「……もういい」 「どうした? 何だか妙に顔が赤いな。もしかして熱が出てきたんじゃ?」  流の手が僕の額に躊躇いもなく伸びてくる。  避けたかったが、ぐっと堪えた。 「ふむ、熱はないようだが、どうしてこんなに赤いのか」 「……気にしすぎだよ。まだ……食欲がないんだ。もう眠りたい」 「だが海に落ちたままの身だ。気絶している間にざっと清めたが、風呂に入れそうか」 「えっ」 「無理なら、俺が蒸しタオルで拭いてやるが」  これ以上、流に何かしてもらうのは耐えられそうもない。  久しぶりに僕の瞳に映った逞しく成長した流の姿に、胸の動悸が激しくなるのを感じていた。  何だろう、この感情―― 「自分でシャワーを浴びるよ」 「じゃあ行こう」 「え?」  流が僕の腰を抱くように起こしてくれる。  目が見えなかった時は気にしなくなっていた動作の一つ一つを、意識し過ぎて変になる。 「本当にどうした? 今日は少し変だな。やっぱり溺れたのがショックだったんだな」  流が辛そうな目で、僕を見ている。  あぁやっぱり……いつもそんな目をさせていたのか。  ごめんな――  僕の心が弱かったからお前を長年苦しめた。  今日の事で、一気に目が覚めたよ。    流を失いたくない。もう二度と……  だから僕は自ら目覚める。  視力が戻ったのもその意志の表れだ。 「兄さん、いいか。ここがシャワーでここは温度調節。ここには絶対に触れるなよ、火傷しちまうからな」 「分かった。流はもう向こうに行っていいよ」 「大丈夫か」 「大丈夫だ。頼む……」  流の前で真っ裸になるのは、やはり躊躇われた。  あの熱い視線を浴びたら、今の僕はおかしくなりそうだ。  流も僕の気持ちを察して、静かに扉を閉めて出て行った。  だが磨り硝子の向こうで、じっと待機しているのが見えた。  一枚の扉が僕らの境界線のようで、ふいに泣けてきた。  すぐ傍にいるのに、流の匂いがするのに……  
/239ページ

最初のコメントを投稿しよう!

882人が本棚に入れています
本棚に追加