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光を捉える旅 7
視力が回復したことはまだ話していないので、流は僕を躊躇いなく見つめて来る。
その強くて真っ直ぐな視線は、扉越しにも強く感じ取れた。
振り返ると、流の視線が磨り硝子の扉を突き抜け、僕の身体に絡まってくるようだった。
「あっ……」
強い熱が込められた視線の意味を知りたい。
だが僕と流は実の兄弟だ。
同じ両親の間に二歳差で生まれ、全く同じ血を受け継いでいる。
せめて義兄弟だったら、何かが違ったのか。
いや、そんなことを考える事自体が変だ。
翠、しっかりしろ!
行き場のない熱を持て余し、シャワーの音に紛れて思わず壁をドンっと叩いてしまった。
「消せ! 静めろ!」
流を巻き込んではいけない。
僕の勝手に拗らせた想いの渦には。
普通の兄と弟として月影寺で心穏やかに過ごせればいい。
多くは望んではいけない。
……
本当にそれでいいのか。
僕と同じ轍を踏つもりか。
記憶の彼方の僕たちの行く末は……
……
あぁ、また頭痛がする。
この声の主は……誰だ?
****
扉の向こうに、翠がいる。
今は真っ裸で入浴している。
ぼんやりと磨りガラス越しに動く肌色を眺めていた。
その姿を見たい欲求と、見てはいけないという自制心に駆られている。
翠の目は見えていないのだから、そっと覗いても分からないのでは?
いや、たとえ見えていなくとも、気高い翠にそんな真似をしてはならない。
扉の前で葛藤していると水音が止み、暫く待つと翠が出て来た。
浴衣をいつもより綺麗に着付けていたのに少しの違和感を抱いたが、風呂上りの上気した色っぽい頬を見た途端、吹っ飛んでしまった。
「流、ありがとう。さっぱりしたよ」
まるで蓮の花のような、たおやかな微笑。
翠特有の透明感。
眩しい光に、思わず目を細めた。
翠の瞳に自分が映っていないのは悲しいが、こういう時は好都合だ。
不躾な視線をどんなに浴びさせても、翠は気付かない。
「兄さん? 少し顔が赤いが、まさかまた熱でも」
「だ、大丈夫だ。それよりもう眠りたい」
「そうだな。布団を敷いたよ。さぁどうぞ」
「うん」
兄さんを寝かせ、掛布団を胸元までかけてやった。
「ありがとう」
幼い頃、優しく寝付かせてもらったのは俺の方だったのに、今はすっかり逆だな。
「……流、今日は驚かせてごめん。そして……今までありがとう」
「何を変なこと言って? 明日も明後日も傍にいるのに」
「そうだね。嬉しいよ。本当に……」
兄さんが寝付くまで、飽きることなく、その顔を見つめ続けた。
兄さんは、溺れかけるというとんでもないアクシデントがあったせいで興奮しているのか、なかなか寝付けないようだった。
暫くは瞼が微かに震えていたが、やがて規則正しい寝息が聞こえてきた。
「また明日……おやすみ。兄さん」
明日も明後日も、ずっと俺が傍にいて兄さんの目となるから、安心しろよ。
****
真夜中にふと目覚めた。
いつもなら目を開けても暗闇のままだが、今日は微かな明かりを感じた。
テレビの主電源の赤い光や、障子の向こうの微かな街灯の漏れを捉えていた。
僕の目は、本当に見えようになったようだ。
そっと枕元のスタンドを付けてみると、僕の足元に流が蹲って眠っていた。
馬鹿だな、こんな所で眠るなんて。
流の前に座って顔を覗き込んで見ると、流も疲れているようで、いつになく深い眠りに落ちていた。
もう、これが見納めになる。
こんな間近で熱い視線を送りながら流を見つめることは、きっと、もうない。
朝には僕の視力は完全に回復し、兄と弟としての、けじめが必要になる。
だから今だけ……
この瞬間だけは許しておくれ。
流を愛しく見つめることを。
なぁ流……好きだよ、ずっと好きだった。
弟として好きなのか、家族として好きなのか。流が好き過ぎて、気がついた時には、どこが境界線なのか分からない程、全部好きになっていた。
怖くなる程、好きが溢れそうで苦しかった。
流も僕を一途に見つめてくれているのを知っていたから、僕の手で断ち切らないと……そう決意して結婚したんだ。そうすればこの想いは消えて行くと信じていたのに、いつまで経っても熱は収まらなかった。
こうなったら、もう無理矢理にでも静めるから……
その代わり、傍にいさせて、傍にいてくれ。
僕は生涯を月影寺で過ごすから、一緒に過ごそう。
……
次の世では……
かつて、どうしても叶わなかった夢を二人で叶えていこう。
ずっと傍にいて欲しい。
もう僕を置いて行くな。
……
頭の中の思考ばかりが、先走っていく。
かつてとは、一体いつの事だ?
叶わなかった夢とは?
ずっと一緒に過ごし生涯を全うしたかったのは、誰の思念だ?
あぁ……はっきりと分からない事に、僕は長年取り憑かれている。
何が現実で何が夢なのか、あやふやだ。
でも僕が流へ募らせてる熱は、現実だ。
どうしよう。
どうしたらいい?
やがて朝日が昇る。
僕と流の関係が、また一つ変化する朝がやってきてしまう。
この熱はどこへ――
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