光の世界 1

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光の世界 1

前置き 本日から暫く書き下ろしていきます。 以前端折ってしまった…… 視力が回復した翠と流の日々を描いていきますね。 1日1000文字程度でコンスタントに更新予定です。 宜しくお願いします。 **** 「兄さん、そろそろ帰るか。俺たちの月影寺へ」 「うん、帰りたい」  つい、いつもの癖で兄さんの手を握りしめてしまった。  しまった!  もう兄さんは目が見えるのだから、手を繋いでの誘導は必要ないのに…… 「ご、ごめん!」 「……いや、そのままでいい」 「だが……」 「そうしてくれ、いや、そうして欲しい」  誰もいない海だ。  他人の視線は気にならない。  兄さんがいいと言えば、それが全てだ! 「流、今日からまた宜しくな」 「あぁ、二人三脚でやっていこう。だから一刻も早く月影寺の僧侶に戻ってくれよ」 「それは父さんと話してみてからだ」 「分かった。とにかく早く帰ろう。母さんも喜ぶぞ」 「うん……僕も会いたいよ」  手早くチェックアウトをして、翠を車に押し込めた。  翠の目が見えるようになったら、身体に気軽に触れられる日々はお終いだ。  また元のように手が届かない人になってしまう。  そう思い込んでいたが、何かが少しだけ違うようだ。  兄さん……  もしかして、わざと少し隙を見せてくれているのか。  俺が入り込む余地を――  俺の勘違いじゃなかったらいい。  そうだったら嬉しい。 「さぁ、シートベルトをして」 「うん」  兄さんは自分では締めず、前のように俺を待っていた。 「よし、出発するぞ」  やっぱり癖で行動の一部始終を説明してしまう。  兄さんはそんな俺を鬱陶しく思うのではなく、快く思ってくれているようだ。  俺に話しかけられるのが、心底嬉しそうな顔をして――  車を走らせると、兄さんは助手席から車窓の景色を見つめていた。 「景色が見えるのは何ヶ月ぶりだろう。あれから随分……時間が過ぎてしまったな」  午後の太陽は眩しかった。 「おい、あまり外の光を見つめない方がいい。視力が回復したからといって、いきなり目を遣い過ぎたら疲れちまう。ちゃんと病院に行ってから、おいおいにしろ」 「……そうだね。そうするよ」  兄さんはそのまま静かになった。  もともと寡黙な人だ。  でもその静寂は心地良いものだ。  暫くすると……兄さんが今度は俺を見つめ出した。  じっと穴が開くほど見ている。  運転に集中していても感じる、兄さんの優しい視線。  我慢出来ずに聞いてしまった。 「どうして、そんなに俺を見つめる?」 「……うん、流が外の光は駄目だと言うから、僕の光を見ているんだ。駄目かな?」  う……僕の光?  それって、俺のことなのか  兄さんは、俺を悶えさす天才だ! 「駄目じゃない!」(駄目なはずあるか、もっともっと俺を見ろ!) 「ふぅ、良かった。この光は……見慣れているから落ち着くんだ」  くぅ、最高だ!
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