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光の世界 5
視力が回復したのだから、もう流の手を借りる必要はなくなった。
もう一人で歩ける。
着替えも食事も、流の介助は不要だ。
全部一人で出来るようになってしまった。
だから……また以前のよう長兄として先頭を切って、歯を食いしばって生きて行けばいい。
だが僕の心が、それでは嫌だと切実に訴えてくる。
衣装部屋に入ると、流も当たり前のように一緒に入ってきた。
「兄さん、服を脱いで待っていてくれ。今、袈裟を準備するから」
「あぁ」
少しだけ躊躇ってしまう。
流の視線を感じて……
「やっぱり……外に出ていようか」
「いや、ここにいておくれ」
視力を失っていた間、散々見られた身体だ。
最初こそ抵抗があったが、実際問題として流の助けなしには何も出来ないに等しかった。
一度委ねてしまえば、あとは流れる水に身を任せるような日々だった。
本当の僕は、こんな日々を望んでいたのではと錯覚してしまう程、胸の奥が甘く疼いていた。
流という光りだけを見つめて過ごした数ヶ月だった。
「実は兄さんにいつか着て欲しいと思っていた袈裟があるんだ」
「どれ?」
「これだ」
手渡された法衣に首を傾げる。
萌黄色の布地に、見覚えがなかった。
「おかしいな。こんなの持っていたかな?」
「兄さんがいなくなってか、僧侶になろうと努力はしたが、俺には向いてなかった。実はこれは、俺が作ったんだ」
「え? これを」
「この5年間休みの度に京都まで出向き、職人から直接手解きを受け、なんとか着物に仕立てられるようになった」
驚いたな。
流は元々芸術センスに優れていたが、まさか着物まで仕立てられるようになったなんて。
「驚いたよ」
芽吹いたばかりの葉を思わせる鮮やかな黄緑色が、僕は好きだ。
人はこれを『萌黄色』と呼ぶ。
緑色はそれほど濃くなく水分をたっぷり含んだ瑞々しい柔らかさが感じられる。
古来から健やかな成長を願う色。
僕らの新しい関係を祝福するような色だ。
「流、ありがとう。とても気に入ったよ。これから先……僕の袈裟の準備は、流に任せてもいいか」
またひとつ流をそんな身勝手な約束で、束縛してしまう。
二度と僕から離れていかないように――
離れられないのは、僕なのに。
流は全てを理解したように、嬉しそうに笑ってくれる。
「あぁ、もちろんだ。生涯に渡って作り続けるよ。兄さんのために―― なぁ、だからもう衣食住の全てを、俺に任せてくれないか」
そして僕を甘やかす。
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