光の世界 9

1/1
前へ
/239ページ
次へ

光の世界 9

「薙、何をして遊ぼうか、どこか遊びに行きたい所はない?」 「……」 「遊園地? 映画館? 美味しい物でも食べに行こうか」 「……」  薙は押し黙ったままだ。  長い間会えなかった息子は、会えなかった月日の分だけ成長していた。  子供の成長は早い。  背も少し伸び、体重も少し増えたような……  あぁ、この手で触れて確かめたいよ。  抱っこしてあげたいな。  そう思うと、その言葉が通じたのか薙が無言で、両手を僕の方へ差し出してきた。 「抱っこしてもいいの?」 「……」  こくんと頷いてくれたので、ふわりと抱き上げてやった。  もう骨折も完治し、再び月影寺の僧侶として日々鍛錬している。  今で良かった。  薙に会いに来るのはかなり遅くなってしまったが、そう思うように努めた。  視力を失った姿も傷だらけの姿も……弱った父を、この幼子には見せたくなかった。 「おいで、さぁ抱っこしよう」  薙は僕の首に手を回して、しがみついてきた。  キュッとくっついてくれた。  懐かしい温もり、愛しい温もり。  忘れられない愛しさが込み上げてくる。  父性……  それは僕が彩乃さんと結婚して得られた、大切な感情だ。 「……」 「ん? 何か言った?」 「……どうして……おうちに……いないの?」 「……」 「どうして、かえってこないの? どうして……なぎ、ずっとおばあちゃんちにいるの?」 「薙……ごめん、本当にごめん……ごめんね」  どうしよう。  精一杯の疑問に答える術を僕は持っていなかった。  小さな息子に、どう説明したらいいのか分からない!  分からないんだ。  どうしてこんなことになってしまったのか……  大人の事情は、いつも本当に身勝手だ。  そんな大人にはなりたくないと思っていたのに、僕は…… 「パパ……いつも……いつも、あやまってばかり」  本当にそうだ。  彩乃さんに後ろめたい気持ちがあったから、いつも顔色を伺って謝ってしまっていた。  子供はよく見ている。  恥ずかしいよ。  凜と咲く花のように生きたいと願って精進していたのに……  あの日から僕の人生は狂ってしまった。  あの男につきまとわれるようになってから、僕の人生は乱されて、ぐちゃぐちゃで、進むべき道が見えなく、自分の人生の迷子になってしまった。  ぐらりと視界が歪む。  薙を抱っこしている身だ。  倒れるわけにはいかない。  そう思うのに、心が折れそうだ。   「パパぁ、こわいよ」 「あっ、ごめん……ごめんよ」  慌てて薙を地上に下ろすと、くらくらと目眩がした。 「じゃあ……きょうは……パパとかえれるの?」 「……薙、それは無理だ……無理なんだよ」 「だれが、きめたの?」 「……ママと約束をしたんだ」 「えっ……なんで……そんなのしらないよぅ。ひどいよ……もう……パパ……パパなんていらない! なぎ、もうかえる!」  薙が踵を返し、走り出す。    すぐに追いかけようとするのに、酷い頭痛で足がもつれる。 「薙ー 駄目だ! そっちは駄目だ!」  見通しの悪い交差点だ。  飛び出したら車が―― 「パパなんて、きらい!」 「な……ぎ」  翠! しっかりしろ!  今は落ち込んでいる場合ではない。  薙に何かあったら大変だ!  必死に追いかけた。  足がもつれて転びそうになりながら走っていると、大きな影が僕をザッと追い越した。 「えっ?」 「翠、ここは任せろ!」 「りゅ、流!」 「薙、待て! このやんちゃ坊主め」  流はあっという間に薙に追いついて、軽々と抱き留めてくれた。   「わぁ!」 「つーかまえた」 「わぁ! 高い!」 「ははっ、お前が薙か! 可愛いな」 「だ、だれ?」 「パパの弟だよ。わかるか、お前のおじさんだ」 「えー はじめてだよ。なぎにも……おじさんがいたの?」 「流だ」 「リュー?」 「そうだ、おじさんより流さんって呼べよ、薙坊」 「なぎぼうじゃなくて、ナギってよべよ」 「はは、まねっこか」 「うん! まねっこしたよ、えへへ」  流が風向きを変えてくれた。  薙が笑顔を浮かべている。  呆気にとられて見つめていると、流が薙を肩車をして連れて来てくれた。 「兄さん、俺も一緒にいていいか」 「流……もちろんだ、もちろんだよ」     
/239ページ

最初のコメントを投稿しよう!

881人が本棚に入れています
本棚に追加