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光の世界 9
「薙、何をして遊ぼうか、どこか遊びに行きたい所はない?」
「……」
「遊園地? 映画館? 美味しい物でも食べに行こうか」
「……」
薙は押し黙ったままだ。
長い間会えなかった息子は、会えなかった月日の分だけ成長していた。
子供の成長は早い。
背も少し伸び、体重も少し増えたような……
あぁ、この手で触れて確かめたいよ。
抱っこしてあげたいな。
そう思うと、その言葉が通じたのか薙が無言で、両手を僕の方へ差し出してきた。
「抱っこしてもいいの?」
「……」
こくんと頷いてくれたので、ふわりと抱き上げてやった。
もう骨折も完治し、再び月影寺の僧侶として日々鍛錬している。
今で良かった。
薙に会いに来るのはかなり遅くなってしまったが、そう思うように努めた。
視力を失った姿も傷だらけの姿も……弱った父を、この幼子には見せたくなかった。
「おいで、さぁ抱っこしよう」
薙は僕の首に手を回して、しがみついてきた。
キュッとくっついてくれた。
懐かしい温もり、愛しい温もり。
忘れられない愛しさが込み上げてくる。
父性……
それは僕が彩乃さんと結婚して得られた、大切な感情だ。
「……」
「ん? 何か言った?」
「……どうして……おうちに……いないの?」
「……」
「どうして、かえってこないの? どうして……なぎ、ずっとおばあちゃんちにいるの?」
「薙……ごめん、本当にごめん……ごめんね」
どうしよう。
精一杯の疑問に答える術を僕は持っていなかった。
小さな息子に、どう説明したらいいのか分からない!
分からないんだ。
どうしてこんなことになってしまったのか……
大人の事情は、いつも本当に身勝手だ。
そんな大人にはなりたくないと思っていたのに、僕は……
「パパ……いつも……いつも、あやまってばかり」
本当にそうだ。
彩乃さんに後ろめたい気持ちがあったから、いつも顔色を伺って謝ってしまっていた。
子供はよく見ている。
恥ずかしいよ。
凜と咲く花のように生きたいと願って精進していたのに……
あの日から僕の人生は狂ってしまった。
あの男につきまとわれるようになってから、僕の人生は乱されて、ぐちゃぐちゃで、進むべき道が見えなく、自分の人生の迷子になってしまった。
ぐらりと視界が歪む。
薙を抱っこしている身だ。
倒れるわけにはいかない。
そう思うのに、心が折れそうだ。
「パパぁ、こわいよ」
「あっ、ごめん……ごめんよ」
慌てて薙を地上に下ろすと、くらくらと目眩がした。
「じゃあ……きょうは……パパとかえれるの?」
「……薙、それは無理だ……無理なんだよ」
「だれが、きめたの?」
「……ママと約束をしたんだ」
「えっ……なんで……そんなのしらないよぅ。ひどいよ……もう……パパ……パパなんていらない! なぎ、もうかえる!」
薙が踵を返し、走り出す。
すぐに追いかけようとするのに、酷い頭痛で足がもつれる。
「薙ー 駄目だ! そっちは駄目だ!」
見通しの悪い交差点だ。
飛び出したら車が――
「パパなんて、きらい!」
「な……ぎ」
翠! しっかりしろ!
今は落ち込んでいる場合ではない。
薙に何かあったら大変だ!
必死に追いかけた。
足がもつれて転びそうになりながら走っていると、大きな影が僕をザッと追い越した。
「えっ?」
「翠、ここは任せろ!」
「りゅ、流!」
「薙、待て! このやんちゃ坊主め」
流はあっという間に薙に追いついて、軽々と抱き留めてくれた。
「わぁ!」
「つーかまえた」
「わぁ! 高い!」
「ははっ、お前が薙か! 可愛いな」
「だ、だれ?」
「パパの弟だよ。わかるか、お前のおじさんだ」
「えー はじめてだよ。なぎにも……おじさんがいたの?」
「流だ」
「リュー?」
「そうだ、おじさんより流さんって呼べよ、薙坊」
「なぎぼうじゃなくて、ナギってよべよ」
「はは、まねっこか」
「うん! まねっこしたよ、えへへ」
流が風向きを変えてくれた。
薙が笑顔を浮かべている。
呆気にとられて見つめていると、流が薙を肩車をして連れて来てくれた。
「兄さん、俺も一緒にいていいか」
「流……もちろんだ、もちろんだよ」
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