一途な熱 5

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一途な熱 5

「なぁ、翠の弟って面白いな」 「そう?」  中学からの友人の達哉が肩に手をまわして顔を寄せて来たので、少し戸惑った。  流が見たら、どう思うかな?  ふと心配になった。 「ちょっと達哉、顔が近いよ。暑いんだけど」 「いいじゃんか、減るもんじゃないし。俺とお前の仲だろう」 「はいはい」  いつものじゃれ合いを軽く受け流すと、達哉がうなだれた。 「はぁ」 「んっ、どうした?」 「いや、お前って達観しているよな。男子校だし、お前のこと狙っている奴は山ほどいるだろうに、我関せずって感じでさ」 「狙うって一体何を?」  確かに男子校特有のおふざけなのか、中学時代から男から何度も「好きです」という類いの手紙をもらったことはある。でも正直、今の僕には男同士の恋愛なんてピンと来ない。いや女の子との恋愛ですら、まだよく分かっていない。  だからまだ必要のない世界の話だと思うと、何の興味も湧かなかった。  とにかく今は僕を慕ってくれる可愛い弟が大切だ。特にすぐ下の弟の流は三兄弟の真ん中で、丈と僕に挟まれてずっと寂しい思いをしている。  流には僕だけが頼りなんだ。  僕がいないと駄目なんだ。  幼い頃から、ずっとそんな自負があった。  そう言えば小学生の時、木から落ちた流を助けようとして無様に骨折してしまったな。あの日を思い出すと、兄としての面目がなく未だに恥ずかしい気持ちになってしまう。  それから僕には最近、新たな志が芽生えた。  父が住職になるのなら僕はその跡目を継ぎたい。  実は夏休みに帰省する度に仏門に惹かれていた。お祖父様の話は、いつも僕の心に響いた。だから僧侶になるための修行が今は大事だと本気で思っている。 「翠、どうした? ぼんやりして」 「んっ?」  肩を組んで歩いている達哉のことをじっと見つめると、彼は少し戸惑ったような表情を浮かべた。 「はぁ、そんな顔で見つめんなよ」 「達哉は面白いね。本当に飽きないよ」 「ちぇっ、話逸らすの上手いよな」 **** 「転校生の張矢 流です。よろしく!」  教壇に立った俺を、一斉に見つめる不躾な視線。  ざわめき、どよめき。  まるで値踏みされているみたいだ。だがこんなのは覚悟の上なので、全く気にならない。案の定、休み時間になると、待ちきれなかったとでも言うようにわらわらと俺の机に人が集まって来た。 「ねぇねぇ、どこに住んでるの?」 「どーでもいいだろ」 「なんで? ねっ教えてよぉ」 「……」  ずっと女は苦手だった。  男兄弟で育ってきたし親戚も男ばかり。だから身近な女といえば、口うるさい母親しか思い浮かばない環境だ。なんでも聞きたがる知りたがるのにうんざりして、東京の中学でも、もっぱら男子でつるんでいた。 「おい、お前ってさ、あの月影寺の息子なんだってな」  今度は、男から話しかけられた。声の主を見上げると体格のいい奴が立っていた。ふと朝、兄と歩いていた奴のことを思い出した。 「あぁ、それがどうした?」  ふんっ! もう知れ渡っているのか。確かに寺から徒歩圏内にこの中学校はあるし、祖父が亡くなって東京から息子家族がやってきたというのは、近所でうさわになっているのだろう。 「いや、俺んちも寺だからさ」 「へぇ、俺にはさっぱり寺のことは分からねぇ」 「あれ? お前が長男じゃないのか」 「違う! 兄さんが後継ぎさ」  兄さん。  口にした途端、俺はいつも兄さんにすぐに会いたくなってしまう。  兄さんも今頃、授業中だろうか。  一体、高校でどんな生活をしているのか。  普段の兄さんの姿を頭で思い浮かべるが上手く想像できない。どんな友達がいて、どんな風に笑って、どんな風に話しているのか。  あー こうなったら高校生に忍び込んで、兄さんの姿をこっそり覗きたい!  そんな身勝手な衝動に駆られていた。
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