光の世界 10

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光の世界 10

 離婚して初めての面会だ。  結局、長い期間、放置してしまったな。  兄さんが視力を失っていなければ、もっと早い段階で会えただろうに、こればかりは仕方がない。  兄さんもそのことを気にしているらしく、昨日からそわそわと落ち着かない様子だった。  そんな兄さんを、俺が一人で行かせるわけないだろう。    さっきから、じりじりと距離を詰めていた。  何かあったら俺が防波堤になる覚悟で。  さっきから……兄さんと息子の心の距離が近づいたり離れたりするのを、密かに見守っている。    真面目で真っ直ぐな兄さんだから、子供の幼い心を追い詰めてしまうかもしれない。  そう危惧していた。  そして、その予感は的中した。  薙が突然、兄さんの手を振り払って走り出した。 「パパなんてきらい!」と残酷な言葉を投げつけて。  あぁ、やっちまったな。  俺も薙の立場だったら同じ台詞を叫びそうだ。  言葉を避けきれなかった兄さんは、顔面蒼白で立ち尽くしていた。  それから我に返って必死に追いかけたが、途中でよろけて転びそうになりまた立ち止まってしまった。  俺はそんな兄さんを追い越して、薙を追いかけた。  すばしっこい背中に、ふと馴染みのある感覚を覚えた。  コイツ……俺に似てる?  直感で感じる感覚に、自信を持った。  俺に似ているなら扱いやすいぞ!  よーし!    こういう時は真正面から体当たりではなく、横から救い上げるようにして、気持ちを解してやればいい。  薙にガバッと覆い被さり、しっかり抱き留めた。  捕獲成功だ。   あと少し遅かったら道路だったぞ。    そのまま小さな身体を乱暴に抱き上げて、豪快に話しかけた。  悪い風向きを断ち切ってやりたくて! 「さぁ、ナギはどこに行く? 俺が行きたい場所に連れて行ってやるぞ」 「リューくんが?」 「あぁ、今一番行きたい所はどこだ?」  問いかけると、薙は少し考えたあと…… 「……パパのとこがいい」 「よし、いい子だ。それっ」 「わぁ、たかい! すごい」  肩車をしてやると、大喜びだった。 「これ、これ! ずっとしてほしかったんだ」 「おぅ! しっかりつかまってろ」 「うん!」  薙を肩車して兄さんの元に戻ると、今にも泣きそうだった。  翠、大丈夫だ。  もう一人になんてしないから安心しろ。  俺はいつも傍にいる。    だからひとりで耐えるな。  いつだって俺が手を差し伸べるから、もう昔みたいに我慢するな。 「薙……なぎ……薙……」  翠は薙の小さな手を取って、頬ずりした。 「まだこんなに小さいのにごめん……一緒に暮らせなくて……ごめん。ずっと傍にいられなくて……ごめん」 「パパ……そんなに……あやまらないで」 「薙、お願いだから、危ないことだけはしないでおくれ。何かあったら僕は……僕は……」  真摯な願いよ、この幼子に届け。   「薙、下に降りるか」 「……う、ん」  地べたにそっと下ろしてやると、兄さんはすぐにしゃがみ込んで、薙の顔を見つめて、ギュッと全身で抱きしめた。 「僕は……自分がもどかしい……」  悔しそうに顔を歪める兄さんの目から、一筋の涙が零れ落ちた。  そうだ、それでいい。  もう涙は隠すな。  その後、3人で公園に行った。  公園の売店でボールを買ってやり、芝生でサッカーの相手をしてやると、薙は大喜びだった。 「わぁ、なぎ、おそとであそびたかったの!」 「そうか、じゃあ今日はずっと外で遊ぶぞ」 「りゅーくん、すごくサッカーがじょうずだよ。パパ、みて!」 「薙、流は何でも出来るんだよ。サッカーもバレーボールも、バスケだって野球だって……流はいつもエースだよ」 「すごいなぁ、すごいねぇ、かっこいいなぁ」  翠と翠の幼い頃にそっくりな薙から手放しの賞賛を浴び、へへっと鼻の頭を擦った。  今はとても風が凪いでいる。  こんな時間がいつまでも、いつまでも続けばいいのに。  このまま薙を月影寺に攫いたくなる。
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